藤原惺窩くんの日記

藤原惺窩くんの日記:第18回 朋有り、遠方より来る


木下勝俊

戦国30年7月24日 明遊学に失敗して播磨に帰って来て間もなくのこと。若狭小浜城主・木下勝俊様が私を訪ねてくだ… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第17回 弟子の育て方を間違えている


木下勝俊

戦国30年4月23日 何かして生きてゆく糧を得なければならないのだが、私は自分の播磨のあばら家から出る気がなか… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第16回 孤独を選んで


赤松広通

戦国30年1月26日 日本が敵と見なした明へ遊学しようとしたが、突風に見舞われて鬼界ヶ島に漂着。やっとの思いで… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第15回 覚悟


秋の光

戦国29年11月23日 「藤原先生ではありませんか?!」 誰かの声が微かに聴こえた。天空の城・播磨竹田城に至る… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第14回 私の先生


赤松広通

戦国29年10月1日 「惺窩はずっと一人でいてほしい。」 いつだったか、播磨竹田城主・赤松広通様はそう私に言っ… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第13回 西笑承兌


西笑承兌

戦国29年7月12日 鬼界ヶ島(きかいがしま)から約一年ぶりに私は、日本本土に帰って来た。 本来なら真っ先に播… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第12回 私が歓喜の声をあげた瞬間、あなたは捕らわれた


姜沆

戦国29年5月22日 明へ遊学を企図するも、鬼界ヶ島(きかいがしま)に流れ着いて一年ほど過ぎた頃。 ついに、日… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第11回 鬼界ヶ島の戦士


姜沆

戦国29年2月17日 明へ遊学を企図するも、鬼界ヶ島(きかいがしま)に流れ着いて数ヶ月。 島民が数人、穀物もな… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第10回 執念の待つ


藤原惺窩

戦国28年12月19日 明へ渡ろうとするも疾風にあって、私はここ・鬼界ヶ島(きかいがしま)に流れ着いた。 この… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第9回 明に恋して舵(かじ)を絶え


赤松広通と木下勝俊

戦国28年11月9日 明への遊学を企てた私は、山川津(薩摩半島東南端の港)に到った。そして、ようやく出帆した明… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第8回 秀次事件と大地震と大戦争


豊臣秀吉with西笑承兌・加藤清正

戦国28年9月20日 明へ遊学を企てた私は、今年六月に京都から薩摩に向かい、翌月に浜之市(大隈北部)で島津義弘… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第7回 明渡海直前にすくむ足


空と海

戦国28年7月17日 私は儒学を直接学ぶため、明へ渡海を企図。 京から薩摩・浜之市に至り、島津義久様・伊集院忠… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第6回 島津義久と伊集院忠棟の共謀


戦国28年7月7日 私は儒学を直接学ぶため明国渡航を企図し、先月京都を出立。 内海から東九州海岸を経て今月、薩… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第5回 若狭国の歌詠みお殿様


木下勝俊

戦国28年5月23日 儒教を学びにここ播磨から明に向けて旅立つ朝。 東から淡い日の光を浴びた粗末な庵の戸を閉め… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第4回 全ての人々を敵に回しても


赤松広通

戦国28年4月18日 「儒教を学びに明へ渡海したいだと!?」 と播磨竹田城主・赤松広通様は絶句した。 竹田城の… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第3回 忘れられない通信使


許筬(ホソン)

戦国28年3月24日 カルチャーショックとはこのことだろうか? 日本軍が朝鮮に侵攻する二年前、朝鮮通信使が来日… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第2回 天空の城の赤松広通


赤松広通

戦国28年2月23日 私は藤原定家十二世の子孫で、冷泉為純の子として播磨(兵庫県南西部)に生まれた。 幼い頃に… [続きを読む]

藤原惺窩くんの日記:第1回 私のソンセンニム


姜沆

戦国28年1月25日 「どこに行かれるのです?」 私は本日、伏見城内から梯子をかけて塀を越えようとする、大きな… [続きを読む]