藤原惺窩くんの日記:第24回 束脩(そくしゅう)
慶長三年五月一八日
かつての学び舎であった京の相国寺に書物を借りに京へ行った。数日空けていた播磨のあばら家の途について、私は言葉を失った。
戸は破られ、衣類は裂かれ、僅かな穀物は一つも残されていなかった。今にも崩れそうな壁には大きく「賊」の一字。
そういえば私は国賊。太閤の側近で、相国寺を取仕切る僧録(西笑承兌)にそう釘を刺されていたのに、すっかり忘れていた。
真っ先に赤松広通様の顔が浮かんだ。
かつて私を引き留めた広通様に、どのツラ下げて頼るつもり?かっこわるい。でも今の私には広通様しかいない。恥をしのいで但馬(兵庫県北部)竹田城へ駆け足で向かった。
「惺窩!」
竹田城御殿の一室。長い廊下の奥から広通様が現れた。
「久しゅう。」
と広通様は私の前に腰を下ろした。
「お恥ずかしゅう限りでございます。」
私は頭を下げた。
「ど、どうした!?」
「上京して播磨に戻ると、私の居が荒らされていて、僅かな諸色(品物)は壊され取られ、危険を感じてこちらを頼りました。」
「何故謝る。」
「仕官をお断りしました。」
「水臭い。惺窩は私の友であり、先生であり、希望なんだ。」
「この国難に相国寺に書物を借りに行った、不謹慎で非常識な愚か者です。」
「それでは藤門(とうもん/惺窩門下)を叩く私も、不謹慎で非常識な愚か者か。」
と広通様は腰に差していた刀と扇子、羽織などを私に差し出した。
「束脩(そくしゅう/入学時に納める品物)として納めよ。」
「そんな、こんなにたくさん…。」
「認めてくれぬのか、私を門下として。」
「束脩を行うより以上は(束脩をもって入門してきたからには)、」
「吾いまだかつて誨(おし)ふること無くんばあらず(私は教えないことはない『論語 述而』)。」
「間違いありません。」
「だから、いきなり試すのは止めよ。」
広通様と私は笑った。
日本軍、朝鮮再出兵という非常事態。
私に何ができる?
わからないけれど、いっそやっぱ国賊。
広通様の束脩をもってして、再び京を目指す覚悟を決めた。
カテゴリ:藤原惺窩くんの日記 | 2020-04-13 公開
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