藤原惺窩くんの日記:第13回 西笑承兌

読むのにかかる時間:約1分54秒

藤原惺窩戦国29年7月12日

鬼界ヶ島(きかいがしま)から約一年ぶりに私は、日本本土に帰って来た。

本来なら真っ先に播磨・竹田城主の赤松広通様に逢って、明に入国することが失敗したこと、然しながら私自身は無事であることをご報告すべきであった。

広通様が旅費を工面してくれたのであり、誰よりも私の身の上を案じてくれているであろうから。

なのに私は竹田城には赴かず、鬼界ヶ島から帰って来て一か月余り、京の相国寺で一人、書物を読んでいた。ここは私が漢学を学び育った場所である。

覚悟はしていたけれど、私が本土に戻って来たのと前後して、この国は性懲りもなく再び朝鮮へ侵攻した。こんなことが可能なのは、この国の人々が権力に逆らっても無駄なことだからと、誰も何も抗議しないからだ。

私はこの国を変えようと思って明へ行こうとしたのだけれど、その想いは天に届かなかった。

これは舜首座(しゅんしゅそ・惺窩のこと)。

と西笑承兌(さいしょう-しょうだい)が相国寺で本を読んでいる私に声をかけた。彼は鹿苑僧録(ろくおんーそうろく)すなわち禅宗相国寺派で最も高い地位にある禅僧だ。

「お久しぶりでございます。」

明への遊学を企図したとか。

私は答えなかった。

まさか我が寺の禅僧から国賊が出るとは、そんなことはありますまい。

西笑承兌西笑承兌は薄っすらと笑みを浮かべた。彼は僧録であると共に太閤の側近、すなわち朝鮮役の参謀でもあった。

国賊――

本を閉じ寺の外に出ると、真夏の太陽が私を照り付けた。

広通様――

一度失敗したくらいで簡単に諦めて、どの面下げてあなた様に逢えましょう。この国に絶望し、自分にも絶望していること。確かに私は国賊に違いなかった。

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