小西行長くんの日記:第61回 トップランナー


小西行長戦国30年3月5日

平壌城に籠っていた私は年明け早々、明の大援軍に撃破された。

明の大砲は発達していて、たまらず黒田長政籠る黄海道に向かって敗走。更に黒田軍と共に南下して、命からがら首都ソウルの日本本営に帰陣した。

間もなく平壌の戦いで勢いづいた明の大援軍が、ソウルに押し寄せてくる。日本軍最大の危機にも関わらず、私は諸将から「平壌での傷をしばし癒してくだされ」とか「明軍は我等が迎撃いたします」とかいう言葉をかけられた。

しかしその言葉に裏には、先鋒隊として華々しい戦功を立て続けた私のしくじりを密かに喜んでいるような意地の悪さを感じた。なんて考えすぎか。

いや、小西は実際、嫌われていたよ。

と朝鮮奉行の石田三成は言い放った。

「……。」

私は絶句した。

三成~、もっと気を遣いなよ。

と同じく朝鮮奉行の大谷吉継がため息をついた。

去年の夏、平壌を攻めた明軍を小西軍は撃退した。しかし明軍再援の恐れがある。どうすべきか、黒田官兵衛が日本全軍をソウルに召集した際、心配ご無用と小西は平壌へさっさと帰ってしまった。あれで相当印象わるくしたよ。

石田三成と大谷吉継

ガンバ、コニタン!

「……。」

しかし私もおまえと似たようなもの。前政権を奪取した私の周りは、どうやって石田を引きずり下してやろうみたいな連中ばかりだ。

逆に言えば、嫉妬や恨みを買うのを避けては、皆の先をゆく資格がない。だからみろ、誰からも好かれちゃってる大谷なんか、いつまでたっても俺の金魚のフンでしかないのだ。

はあ?!何それー!!

私たちは笑った。ありがとう、三成、大谷。梅が咲き誇るここソウルで、私は志のためもう一度、目障りな人になる覚悟を決めた。

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