豊臣秀吉くんの日記:第69回 妹の旭
天正一八年一二月五日
「おちゅる!」
わしは電光石火で、聚楽邸から淀城に駆け付けた。
「どうなされました、殿下。」
妻の淀は、二歳になるわが子と毬で遊んでいた。
「昨夜、おちゅるが病を患った夢を見たのじゃ。」
「鶴松ならこの通り。」
「そおか、そおか。」
わしは走り回る鶴松をつかまえて、抱きかかえた。
「今朝、京の神社仏閣に祈祷を命じたが、取り越し苦労であったか。」
「殿下の信仰心が、神仏に届いたのでしょう。」
「バチがあたったのかもしれない…」
京の三十三間堂の北側。
わしはこの地に大仏を建立するよう命じ、基壇(きだん)である礎が築かれ、せわしなく作事が続いていた。
その隅で、丸木に腰掛けていた小一郎(秀長)が、
「豊臣にわしの居所(いどころ)がないのだ。」
と、深く息を吐いた。
「あなた様は大和大納言にして、秀吉公唯一の弟君。そのようなことがありましょうか。」
その隣に腰かけていた利休が尋ねた。
「今年前半の小田原征伐で、豊臣の主たる将はみな出陣。天下統一の、最後の総力戦に、わしだけが床に臥せていた始末。」
「豊臣にはこのように、まだまだすべきことがございます。」
利休は、次々に巨木を運びこむ大勢の姿に手を差し向けた。
「そう、天下統一後も果てしなく続く苦役を止める力が私にはもうない。今年のはじめ、妹の旭(あさひ)にすら、何もしてやれなず、死なせてしまった。」
小一郎は右手で顔を覆った。
「秀長様のせいではありません。」
「旭は夫がいたのに、家康殿との政略結婚で無理やり離婚させられ、後に気うつになって……」
「秀吉公の妹君でもあられます。」
「兄者(あにじゃ)は、妹も弟も関係ない。年老いてからの待望の子・鶴松にしか興味がない。」
「それならば私も蚊帳の外、ということですか。」
「そなたをここに縛っているのは、兄者ではなくむしろ私だ。」
「いいえ、私は己の意志でここにいるのです。断固としてここから動きません。」
「まるで大仏だ。」
黄昏の平らかに広がる雲の下、ようやく二人の顔に笑みが浮かんだ。
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2024-05-31 公開
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