藤堂高虎くんの日記:第14回 英雄とプー太郎

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藤堂高虎戦国29年10月10日

私は今、高野山に一人、引きこもっている。

半年前まで元主君・豊臣秀長様の養子・秀保様の後見役だった。

以前より秀保様は疱瘡を患っていたので、湯治のため吉野の十津川の温泉へ参られた。そのとき私は大和郡山城にあって、秀保様の帰りを待っていたのだが、帰ってきたのは秀保様の亡骸だった。一七歳だった。

文禄の役の前年に起こった、千利休様の切腹事件がふと頭に蘇った。秀長様が亡くなられた三ヶ月後には関白・秀次様が太閤によって、高野山にて切腹させられた。

秀保様は温泉の帰り道に滝の辺りで転落して溺死ということになっている。しかしきっと何者かに殺された。つまり、太閤に――。とか口が裂けても言えないのが今の日本である。

 

お仕えする主君をまたも亡くした私は今、高野山に一人、引きこもっている。

四十路にして失業。職を失うのは、これでたぶん五回目。

いつものことだけど、年齢が上がるたびに新たな職を見つけるのは難しくなるのでは?

李舜臣秀保様の名代として朝鮮に渡り、李舜臣のこと全羅左水使(チョルラサスサ)と海の上で再び死闘を繰り広げるなど夢のまた夢となってしまった。

英雄と巨悪だったのが、英雄とプー太郎になってしまい、もう笑うしかない。

だけどつらい時こそ左水使を思い出して、今日一日をなんとかやり過ごしている。

プサンで覚えてきたスンドゥブを作って一人で食べて、また君のことを考える。

なんだか涙が止まらない。今日のは唐辛子を入れすぎたみたいだ。

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