大谷吉継くんの日記:第50回 刀狩と流し雛


大谷吉継戦国27年3月3日

関白秀吉様の刀狩令が発布されて二年。

反豊臣の一揆の解体を進めていた上杉景勝軍は、出羽の仙北(秋田県横手地方)で、一揆方の武器を没収していた。

出羽奉行で上杉軍を監察する立場にいた私は現地で、これらの武具の引き渡しを受けた。

「没収した刀は949腰かあ。これでは少なすぎます、景勝殿。」

と私はため息をついた。

・・・・・・・・。

景勝殿が青ざめていると、

大谷様、我ら上杉が没収した刀は2799腰ですが。

と景勝殿の側近のかねたん(直江兼続)が反論した。

「そのうちの1850腰は、使い物にならない壊れた刀・脇差です。」

我らは一揆の武装解除が目的で、刀狩令の兵農分離政策に付き合っているゆとりはないのです。

とかねたんは私に金の入った巾着をこっそり渡そうとした。

「賄賂なんて受け取れません。」

では仕方ない。まこと悔しいですが亡き謙信公の頭巾を差し上げましょう。

「もっといりません。」

お気は確かか!

すると景勝殿が突然、自分で作ったという流し雛を私に差し出した。

流し雛

流し雛

「ほっこり~」

 

で、流し雛もらって、僅かな刀の没収で大坂に帰って来たとは。

大坂城の廊下で石田三成は私に絶句した。

「秀吉様に一緒に怒られてくれるよね?」

なんで。

「冗談ですう、一人で怒られますう~」

だけど確かにその流し雛、ほっこりだね。

三成は私の手にしている流し雛を見つめ、笑っていた。

私は、久しぶりに三成の笑顔を見た気がした。

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