北条氏康くんの日記:第46回 信玄殿への恩返し


北条氏康戦国27年6月16日

今川義元殿が織田信長に桶狭間で討たれてから、八年。

今や武田・今川・北条の三国同盟は完全に壊れて、天下制覇を目指す武田信玄殿は、徳川家康と今川領を東西から切り取る密約を結んで、駿河に出陣した。

その為、私は国境を接した武田の動向を警戒する日々を送っていた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

信玄殿と私の付き合いは古い。

私が家督を継いで四年目、32歳の時である。その年、家臣の北条綱成が守る河越城が上杉憲政連合軍八万の兵に取り囲まれてしまった。

すぐさま私は、小田原から援軍を率いて綱成を助けたかった。しかし上杉憲政が駿河の義元殿と繋がっていて、背後を衝かれた私は動けなかった。

この時、私に救いの手を差し伸べてきたのが、他でもない、信玄殿であった。

信玄殿は私と義元殿の間に入って講和を斡旋してくれたので、私は義元殿を敵にまわさず、八千の兵を率いて河越に向かい、勝利することができた。

 

そして現在。上杉謙信との終わりなき小競り合いとか織田信長という新たな脅威を前に私は、信玄殿とはこれからも仲良くやっていきたかった。

 

「もういやだああ!!疲れたよお、パトラッシュ!!」

武田信玄

武田信玄

と私は青空の下で狼狽し、家臣の綱成の足をつかんだ。

だから私はパトラッシュじゃありません。

と綱成は立ち上がり、長い槍を一振りして、

野望には野望を持って対抗しなければなりません。

と矛先を太陽に向けた。

「信玄殿に対してまさかそんな恩返しを?」

他にどんな恩返しが?

ならば恐怖を振り切って、私は律義者なので倍返しでいきますよ?

覚悟はいいですか?信玄殿――

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