伊達政宗くんの日記:第53回 孔子とおどさと朝顔と


伊達政宗6月25日

おばんでがす~。

ながなが進まないとうほぐの復興作業。おらは 自分の無力さを思い知り、手も足も出なくなってしまった。

そんなおらは、木陰で琵琶さかき鳴らすカズン(伊達成実)のノリのいい音楽に合わせて、思うがままに歌い、踊っていだ。

それを見づけた伊達家中の者が、「殿!何、復興作業、サボってんですか!」とブチ切れた。おらは「もうしわけねがす~。」と頭さかき、肩をすぼめた。

その夜。床さついで数分経った時、余震さ来だ。余震はすぐ止まったけど、振動で棚から一冊の本が落ちだ。

それは今は亡きおどさ(伊達輝宗)にもらい、ほとんど読まずにいだ論語だった。めくってみると思っでいだのとは違う、随分意外というか霊妙な言葉が多々あっだ。

先生(孔子)が他人と一緒に歌っていて、いい曲があると必ずもう一度歌ってもらい、これに唱和された。

伊達輝宗の押し花の朝顔

押し花の朝顔

先生(孔子)は言われた。「詩を読むことによって人は興奮を覚え、礼を習うことによって人は社会的な立場を確立し、音楽を聴くことによって人は人間の教養を完成させる。」

今日、おらとカズンは何故だかどうしても、歌い、踊らずにはいられなかった。そのことを孔子が肯定さしでくれたような気がしだ。

そして、朝顔の押し花さ挟まっているページにはこうあっだ。

人間は生きてゆく、まっすぐに。まげて生きてゆく、やっと助かるだけだ。

これは、おどさから孔子を通してのおらへのメッセージだべか。気のせいかもしれない。だども、朝日がゆっくり差込む部屋の中で、おらはそのコトバを深く心に留めておいだ。

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