大谷吉継くんの日記:第51回 小西行長と沈惟敬の危険な和平プロジェクト


大谷吉継戦国27年7月15日

太閤殿下の命令で日本は、朝鮮・明国連合軍と一年ほど戦争していたのだけど、去年の秋ごろ(文禄二年八月)から、日本軍が次々と朝鮮から帰国、休戦モードに入っていた。

しかしこのたび殿下は来日した明使に、明の皇女を日本の天皇の后にするなど、明国が到底承諾できそうもない和議の文書を突き付けた。

再び戦争が激化するかもしれない――

肥前・名護屋城の薄暗い倉庫で私が深い溜息をついた時、

ごめん、遅くなった。

と石田三成がやって来て、辺りを確認しながら戸を閉めた。

「こんな所に呼び出して、大事な話って何?」

と私は三成に尋ねた。

いまだ朝鮮に在留している小西行長が、明国の沈惟敬(チェン ウェイ チン)と図って、太閤殿下の和議の文書を偽造した。

「は?」

小西の家臣・内藤如安は、その偽造の和議の文書を携えて北京に向かい、明の皇帝に恭順を誓った。

「ウソでしょ!?」

嘘じゃない。小西の手紙によると沈惟敬と共に今度は、如安が持ち帰った明国の国書を殿下が気に入るよう偽造。これを再来月大坂で沈惟敬はじめ明使が殿下に献上するそうだ。

「殿下にバレたら、小西の命はないぞ。」

そうならないよう、朝鮮奉行の私と大谷も初めから小西の策に賛同していた、ってことにしておかないか?

「ちょっと待ってよ、そもそも明国の皇帝と太閤殿下を股に掛けてこんな大芝居、前代未聞だよ!」

小西行長と沈惟敬

小西行長と沈惟敬

じゃあ、和平を実現する為に、他にどんな策が?

「わかんないけど、リスクが高すぎるよ。」

この前、酒の席で大谷は私に言ったじゃないか。こんな時代だからこそ、流されて生きるより命がけでバカやりたいって。

「言ったけどさあ…」

私はめまいがして柱にもたれかかると、三成は笑って

私もずっとそう思ってた。今こそ、それを敢行すべき時なんじゃないか?

と私の肩を叩き、この薄暗い部屋を先に出て行った。

マジっすか!私は苦笑した。

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