藤原惺窩くんの日記:第6回 島津義久と伊集院忠棟の共謀


藤原惺窩戦国28年7月7日

私は儒学を直接学ぶため明国渡航を企図し、先月京都を出立。

内海から東九州海岸を経て今月、薩摩・浜之市(はまのいち)に到った。

そして島津家筆頭家臣・伊集院忠棟様に面会すると、

日本軍、朝鮮再出兵となりかねないこの状況で、一人優雅に明へ遊学したいと?

と伊集院様は呆れ返った。

「自ら反(かえ)りみて縮(なほ)くんば、千万人と雖(いえども)も吾(われ)往(ゆ)かん。
(自らを振り返って正しければ、たとえ敵が千万といえども私は立ち向かう。『孟子・公孫丑章句 上』)

どうか明へ行く船を出してくださいませ。」

と私は頭を下げて、所持金と刀と羽織を差し出した。

「これが私の財産全てでございます。」

播磨の赤松広通殿との共謀ですか?

と伊集院様は刀と羽織に付いている紋を見て問うた。

「もう戦争はしたくないという思いは同じでございます。」

惺窩先生はその若さで既に高名な学者であり、学識の深さは誰もが認めるところです。しかし先生お一人、明に行ったところでこの国の何が変わりますか?

「そうやって一人ひとりが諦めた結果が文禄の役ではありませんか?」

そのとき突然、隣りの襖が開いて、

相分かった。

と一人のご老人が出て来た。

殿!

この方が島津家当主・義久公!?

島津義久with伊集院忠棟

島津義久with伊集院忠棟

「初めてお目にかかります。」

と私は慌ててご挨拶した。

無事を祈る。

と義久公は私に言って出て行かれた。

どうやら合格のようです。

「義久公との共謀ですか?!」

もう戦争はしたくないという思いは同じでございます。

と伊集院様は笑って、

早速船の手配をいたしましょう。

と私に金と広通様の刀と羽織を返された。

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