李舜臣くんの日記:第19回 めまい


李舜臣戦国30年4月3日

全羅左水営(全羅道の海岸防衛施設)配下の順天府・防踏鎮・蛇渡鎮・鹿島鎮など各官浦の城壁や濠の造りを固め、多くの船を新造。

また、官浦対抗で矢の命中率や船の速さを競った。

昨日、船に乗り、亀甲船の地弦字砲を試射。一六丈(五〇メートル)ほど遠くまで飛んだ。兵たちから歓喜の声が上がった。

水軍として全く機能していなかった左水営を概ね建て直すことができた。倭軍が我が国に攻めてくる前に。

間に合った――

肩の力が抜けた瞬間、めまいがした。気のせいかと思ったが、食欲がなく夕飯はほとんど食べれなかった。

翌朝、床から起き上がれなかった。実は、数か月前から体調が余りよくなかったが、ごまかしながら今日まできた。四〇代後半。司令官としてを水軍を率いて倭と対峙するには、歳なのかもしれない。

左水使(サスサ)様も人間だったのですね。

と部下の順天府使・権俊(クォン・ジュン)が私を見舞った。

「何だよそれ。」

と私は起き上がろうとしたが、権俊に制止された。

決してブレず、弱音も吐かない、病に倒れることもない、常に無謬の存在かと思いました。

権俊/권준「そんなヤツいるかよ。」

私と権俊は笑った。

しかし、あなたさまの代わりはいません。

私はただ、倭軍を倒す前に倒れるなんて、死んでも死にきれないだけ。

ダメダメ左水使。

病に倒れて弱気になっている場合ではなかった。

倭軍を倒す前に自分に負けている場合ではなかった。

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