豊臣秀吉くんの日記:第70回 すれ違う侍たち
天正一八年一二月一八日
大森(福島県福島市)の陣所で浅野長吉は、利休からの密書を手にした。
「葛西・大崎一揆の捌(さば)き片付かなければ、帰るに帰れないあなた様にこのような文を書かねばならぬこと、お許しください。
秀長様の病、急変し、神仏に祈るのみ。
これまさに石田(三成)が、秀長様の周りを一掃するまたとない好機。最も恐れるは、相国寺の西笑承兌。かの者すこぶる書に通じ、これを以て秀吉公が目論む、唐入りの助けとなっています。
石田は敵を誤り、秀長様万一のことあらば京から、まず私か、奉行筆頭のあなた様を除こうとしましょう。
これに抗うにも、必ず蒲生氏郷殿を救うべき。
葛西・大崎一揆を巡り、伊達政宗殿を悪しざまに言われる氏郷殿の御立場は、京では良好といえず、秀吉公の腹立ちを受けています。
そもそも氏郷殿がなぜ、名生(みょう)城(宮城県古川市大崎)に籠城しておられるかといえば、政宗は一揆と同心して、わが身不安定のゆえ。しかし政宗殿により一揆が鎮圧され、氏郷殿の疑念も少しは晴れたでしょう。
今こそ、氏郷殿を名生城から引き出すべき。政宗殿の指南役でもある、あなた様に越度(おちど:あやまち)あらば、石田がこれを見逃さないでしょう。
斯様(かよう)なあなた様を、誰よりも秀長様が案じております。
『私以上に兄者(あにじゃ)を思い、忠義者にして、控えめすぎる長吉が心配だ。』」
「どうしたんだべ。」
長吉の陣所に、伊達政宗が現れた。
「失敬。」
思わず流れた涙をぬぐい、長吉は文を懐にしまった。
「話ってなんだべ。」
「和久宗是(そうぜ)を通じて、どこまで知っていますか。」
「わく……誰だべ。」
「氏郷殿の動向は全てあなたに筒抜けなのでしょ?」
「なんことだべ。」
「ご存じかもしれませぬが、氏郷殿ではなく政宗殿に肩入れしていた私の、京での立場が危うくなっているのです。」
「それは初耳、だどもおらには関係ねがす。」
長吉と政宗の間に緊張が走った。
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2024-06-29 公開
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