豊臣秀吉くんの日記:第61回 検地奉行・浅野長吉の帰還
天正一八年一〇月二三日
「義智(よしとし)殿、義智殿!」
京の大徳寺の境内で、浅野長吉(長政)は彷徨(さまよ)い、走った。
その声に導かれるように宗義智は、
「あなた様は…」
長吉の前に現れた。悠々なる蒼天の下、
「豊臣奉行の浅野長吉にございます。」
長吉は息も絶え絶えに言った。
「あなた様が!初めてお目にかかります、対馬の宋義智にございます。」
「秀吉公と朝鮮通信使の会見は!」
「未だ適いませぬ。」
「申し訳ございませぬ。」
長吉は突如、深々と頭を下げた。
「浅野様は小田原の合戦のあと、関白様の御命令によりさらに北上したと伺っておりましたが。」
義智は戸惑った。
「はい。奥州の葛西・大崎領の検地を一日一ヵ村の速さで行い、終えて急ぎ帰還、真っ先にここに来ました。」
「どうして…」
「通信使一行のことが、ずっと頭から離れられませんでした。」
「謝らねばならないのは私の方です。浅野様のご心痛など考えたこともありませんでした。浅野様が、関白様と対馬との折衝役でなければ、この度の通信使の来日は難しかったと思います。」
「通信使のことも奥州のことも、主君を何一つお止めすることができない私は、具臣(ぐしん)というべき――」
「論語ですか。」
一人の僧が颯爽とやって来た。
「玄蘇(げんそ)様…?」
「私は玄蘇にいつもぴしぴしやられていて、辛いです。」
「私とて具臣(頭数だけの臣)に過ぎません。」
三人は笑った。
「退屈されてはいらっしゃいませんか。」
「お蔭様で通信使一行ともども充実しております。今日もほら、あそこに――」
真っ青な衣に黒い冠を被った一人の朝鮮通信使に、一人の男が茶碗を手に話しかけていた。
「日本人が所有の朝鮮茶碗に、通信使が由来を書く。茶器として高値で売るのです。勿論通信使にしても、タダでは書きません。」
「あれが…」
長吉の頬から涕(なみだ)が下る。
「浅野さま…?!」
「すみません、」
長吉は目を袖でぬぐった。
「私は通信使に会いたかったのだと思います。」
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2023-09-30 公開
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