豊臣秀吉くんの日記:第66回 景轍玄蘇の一言
天正一八年一一月二〇日
「殿下と称するを閣下と称す。
賄賂をもって方物(ほうぶつ:土産)を納めたとなし、且つ『一超(ひとこえ)大明国に直入し、貴国先駆』等の語は、これ大明を取らんとして、我が国をして先駆けさせようと欲するものだ。」
朝鮮使節・金誠一(キム・ソンイル)は、わしの書辞(書状のことば)が軽視なるを見た。
「さようでございますか。」
和泉堺に留まっている通信一行を前に、対馬外交僧の景轍玄蘇(けいてつ-げんそ)五五歳が答えた。
「もしこの書を改めなければ、吾れ死あるのみ。持ち帰らない。」
「改める……誰が。」
「あなた以外、誰かいますか。」
誠一は、宗義智やその臣の者たちに目をやった。
「改めれば余計に辞(ことば)を失います。ただ、殿下、方物などの字は改めましょう。しかし大明に入朝するの語は改めることは出来かねます。」
「何故。」
「明朝は久しく日本と絶ち、朝貢に通じてもいません。秀吉公これをもって、心に羞恥を懐(いだ)き、兵を起さんと欲したからです。朝鮮がもし先に明への奏聞をなし、貢路をして通ずることができれば、必ずこと無きを得ましょう。そして日本の民もまた、戦(いくさ)を免れましょう。」
「戯れを。改めるのですか、改めないのですか。」
「何故そのまま、国王にお伝えしないのですか。」
「この書状には礼がない。」
「あなたこそ信(まこと)を損ねるのですか。」
「副使、その辺で…」
通信正使・黄允吉(ファン・ユンギル)が間に入った。
「貴様は正使ヅラしてくれるな!」
「それこそ信…」
書状官の許筬(ホ・ソン)が小さく言った。
「昔、高麗元兵を導き日本を撃つ。日本はこれをもって怨みを朝鮮に報いんとす。勢い、宜しく当然のことです。」
玄蘇の言葉に、使節らは言葉を失った。
「ちょ…玄蘇、らしくないよ!」
義智が慌てて使節らに頭を下げた。
「あの時も対馬は日本の前線に立たされた――」
「よくご存じで。」
「そのままお返しします。」
誠一は書状を玄蘇に突き出した。
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2024-02-29 公開
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