藤堂高虎くんの日記:第18回 犂牛(りぎゅう)の子
8月26日
先月、太閤秀吉公の使者がここ高野山にやって来た。要件は、太閤が私を大名に取り立てたいと仰せのゆえ下山せよ、ということであった。
大名…それは若い頃からの願い。幾度となく主君を変えてきたのも、卑しい身分から成り上がるためだった。
しかし年を取ったせいだろうか。それほど魅力を感じず返事を保留とした。
そのあとも、入れ替わり立ち代わり太閤の使者がやって来ては私をくどいた。私も随分偉くなったものだ。しかし太閤直々に誘いを受けた、それだけで充分と、私はついに決断して丁重にお断りした。
「えー、ウソでしょ?!」
塙団右衛門は絶句した。彼は性懲りもなくまた、この山の僧に朝鮮の漢籍を売り付けに来ていた。
「賜る領地はどこだったのです?」
「伊予国(愛媛県)板島だとか。」
「なんと、我が主君・加藤嘉明公の隣国!」
「それもちょっとイヤだよね。」
「アハハハ!そりゃそうだ。しかし大名ですよ、断る侍がどこにいるんです?」
「加藤嘉明らと共に水軍将として再び朝鮮の海へ渡れ、という意味なのだと思う。」
「李舜臣が王命で牢に繋がれた今となっては、意味がない?」
「……」

塙団右衛門「また会ったね!」
「犂牛(りぎゅう)の子、騂(あか)くして且つ角(つの)あらば、用いることなからんと欲すといえども、山川(さんせん)それこれをすてんや。
(耕牛の子でも毛並みが赤くて、さらに角(つの)がよければ、用いないでおこうと思っても、山川の神々が放っておこうか。)」
「論語(雍也)ですか。スラスラと諳んじるとは…」
「一応、本売りですから。」
「全部盗品でしょ?」
団右衛門と私が笑うと、照りつける日差し強い山にあって涼しい風が吹き抜けた。
カテゴリ:藤堂高虎くんの日記 | 2018-08-26 公開
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