加藤清正くんの日記:第50回 完璧日本男子
文禄二年二月二〇日
日本男子で、長男で、家を守り、君に仕え、仏を信じ、壮健で、腕力があり、癩でなく、年寄でなく、男色でもなく――
半年ほど前に、朝鮮王子の臨海君(イムヘグン)二二歳と順和君(スンファグン)一四歳の兄弟をここ咸鏡道(ハムギョンド)で捕らえた。
順和君の、胸と背と両肩の四か所に龍が付いている袞龍袍(コルリョンポ)と呼ばれる外衣。これの裾がほつれていた。それに気付いたわしは脱ぐように言った。
咸鏡道・安辺(アンビョン)の清正本陣。寒空の下、順和君は一人、日本の蹴鞠を楽しんでいた。わしが繕った袞龍袍を持ってくると、
「キヨマサドノ、テダネ(すごいね)、カムサハムニダ。」
と順和君は、内衣の上に袞龍袍をかぶった。そして帯を締めて、また蹴鞠を始めた。
臨海君が風邪を患っていたので、薬を煎じた。
臨海君は日本の侍を従えて弓を的に射っていた。安静にしていろと言ったのに。いまだかつてコイツはわしの言うことを聞いたことがない。親(国王宣祖)の顔が見てみたい。臨海君の冠が置いてある台に煎じた薬を置いた。それに気付いた臨海君が遠くから叫んだ。
「キヨマサ、ゴクロウデアッタ!」
コロしてえ。
日が落ち、臨海君と順和君の汚れた黒の皮靴を一人磨いていたところ、
「清正殿は完璧でした。」
と、日本第二軍として苦楽を共にした鍋島直茂殿がわしに声をかけた。
「しかし漢城(ソウル)に集結した日本軍が幸州(ヘジュ)で朝鮮軍に敗北。我等も漢城に引き返さなければならない時が来たようです。」
「そんな馬鹿な話があるか。」
「そんなふうにもう、王子たちの面倒を見なくてもいいのです。」
日本男子で、長男で、家を守り、君に仕え、仏を信じ、壮健で、腕力があり、癩でなく、年寄でなく、男色でもなく――
「清正殿は完璧でした。」
王子の靴を振り上げた。
どうして、地に叩き付ける、そんな簡単なこともできない。
そんな馬鹿な話があるか――
カテゴリ:加藤清正くんの日記 | 2020-03-13 公開
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