毛利秀元くんの日記:第22回 本当の君 嘘の僕
慶長二年一一月八日
「うさ太!」
釜山日本本営にて加藤清正が唐突に僕の肩に腕をかけてきた。
「囲ってた朝鮮の娘に逃げられたんだってえ~!」
横から黒田長政も絡んできた。
「うさ太が普通の男で安心した。」
「隅におけない青年総帥、このこの~!!」
「一緒にしないでください!」
「若くて童顔なのに豊満でいまだ男を知らず、孝行者で、ツンデレで、学がないわけではないが自分で思考することがなく、釘を刺すにも刺しようがない従順な女、というのは朝鮮にはいそうでいなかったのです。」
そうやって萱島元規(かやしま-もとのり)は、勝手に僕の部屋に知らない娘―ソヨンを連れてきて、風のようにソヨンと共に釜山日本本営を去った。
本営内郭の小高い丘の上に立って、僕は今日も風に揺れるススキを眺めていた――
「こうしてススキを眺めていると、僕はただ鳥獣草木を観察するために生まれてきた気がする。毛利のためとか、日本のためとか、太閤のためとか、そんなことどうでもよくて――」
「は?」
僕の側近く仕えて間もない萱島元規はきょとんとしていた。
「ごめん、何言っているんだろ。聞かなかったことにして。」
「無為にして治(おさ)まる者、それ舜(しゅん)か。(何もしないで天下を治めた者は、あの(中国の伝説の聖天子)舜だろうか。)」
「論語?読むのか?」
「まさか。朝鮮人でもあるまいし。」
思えば君は嘘ばっかり。
「舜は李舜臣であっても、僕ではないだろ。」
「そんなこと、日本右軍総帥がおっしゃってもよいのですか。」
「人の生(い)くるや直(なほ)し。」
「論語、読まれるのですね。」
「まさか。朝鮮人でもあるまいし。」
君と僕は笑った。
萱島元規と一緒だったら、もしかしてこのいくさ、乗り越えられるような気がした。
束の間の主従。思えば君は最初から最後まで正直だった。
僕は今日も、ただ風に揺れるススキを眺めることしかできない。
できなかった――
カテゴリ:毛利秀元くんの日記 | 2019-11-08 公開
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