藤原惺窩くんの日記:第3回 忘れられない通信使


藤原惺窩戦国28年3月24日

カルチャーショックとはこのことだろうか?

日本軍が朝鮮に侵攻する二年前、朝鮮通信使が来日した。

この時、僧の私は彼らと交流する機会を得た。

通信使が着ている華やかな衣服、数百人の音楽隊が奏でる愉快な音楽、礼儀の正しさ。

このご時世に、こんなことを言うのもあれなんだけど、負けた、と思った。

この時、既に、私はもう――

 

京の寺で私は、通信使の書状官・許筬(ホソン)殿と書の交換をした。

許筬殿の書は京の風景を詠んだ漢詩。私の書は論語の一節だ。

あなたがとても学問が好きだということ、この美しい書から伝わってきます。あなたは一度、儒教の本場・明を見ておくべきだ。

許筬殿はそう、私にアドバイスして朝鮮へ帰られた。

僧の私はそれまで儒学には余り関心がなかったのだが、許筬殿らの交流を通して、きちんと儒学を学んでみたいと思った。

文禄の役が終わり、今は休戦中だが、またいつ何時、朝鮮侵攻となるかわからない。

だけど学問の楽しさを教えてくれる儒学がこの国にもう少し浸透すれば、何か変わるかもしれない。

許筬(ホソン)

許筬(ホソン)

この国を変えてみせたい。

そんな大それたことを胸に秘め、私は所持品のほとんどを売って金に換えた。しかし明への旅費に全く届かない。

 

私の頭の中にふと、赤松広通様の顔がぼんやり浮かんだ。

広通様は私の我儘を聴いてくださるだろうか?

やっぱりどうしても私には、諦め切れない志がある――。

気付けば、広通様がいる天空の城(竹田城)へ私は駆け足で向かっていた。

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