明智光秀くんの日記:第51回 蘭奢待(らんじゃたい)、信長、午後三時


明智光秀戦国27年8月7日

我が主君、織田信長公が東大寺正倉院の秘宝、蘭奢待(らんじゃたい)を見たいと言い出して、僅かな供を連れて奈良へ行かれた。

蘭奢待とは奈良時代、中国より伝来した貴重な香木で、天皇家以外の者が正倉院の宝物に触れることは差し控えるべきである。

またしても信長公による秩序の破壊だ、と安土城で嘆いていた所に、

君こそが秩序の破壊だよ。

と私の友人の細川藤孝がやって来た。

「は?」

私は細川の言葉に眉をひそめた。

君はいつも和歌が詠みたいと思っているのに、実利を優先して一向に和歌を詠みはしない。

我々の一生を永遠と比べてみたまえ。たった一日しか生きない小さな動物と同じくらい短いことがわかるだろう。

そう考えれば、人間の子どもは日の出時(どき)、よぼよぼの老人は夕方もしくは日没、中年の君は差し詰め午後三時だ。

残された時間は余りに短いのに、よりよいものをいつも後回しにする――これこそ、秩序の破壊だと思わないか?

その時、突然、信長公が奈良からお戻りになって、

光秀、土産だ、受け取れ!

と切り取ってきた蘭奢待のかけらを私に向かって投げ、

「ははっ、有難き幸せ!」

と私は受け取った。

古い価値観に縛られないということではない。

織田信長

織田信長

誰に何と言われようが、自分の心の叫びにいつも正直に応え続ける。

そんな殿に私は魅かれ、お仕えしていたのだ。

そのことに先程の細川の言葉で気付いた。

「…というかコレ、焚けばいい香りがするのかな?」

と私が蘭奢待の匂いをかぐと、細川もかいで、

カビが生えていなければ、きっと。

と笑った。

気付けばもう、午後三時。

殿に魅かれて、いつまでもお仕えしている場合ではなかった。

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