毛利秀元くんの日記:第5回 自分らしく生きたくて死にそうだ。
5月19日
日本人一人につき朝鮮人の鼻三つ――
これが慶長の役において太閤様より我々に課せられた義務だ。
生真面目な僕ら侍たちは、この義務を果たすのに必死だった。
釜山に上陸後、僕の軍は首都ソウルを目指し北上。慶尚道・宜寧(ウィリョン)に差し掛かった時、ここの関門の二階に朝鮮の武将が一人立っていた。
彼は僕の軍に向かって一矢放った。矢は高く放物線を描いて、大将隊の僕の近くに落ちた。矢には手紙が付いていて、漢文でこんなふうに書いてあった。
「義兵将・郭再祐、安芸宰相・秀元に告ぐ。
科挙(官吏登用試験)に落ちた私は、長い間、ここ宜寧で田園生活をしていた。
このまま畑を耕しながら平和に暮らすつもりだったが、壬辰倭乱(文禄の役)の際、日本軍が宜寧に侵入。
役人はいち早く逃亡してしまい、四一歳の私はただちに家財を投げ打って朝鮮最初の義兵を挙げた。
その二か月後、日本軍を錦山で義兵と官軍とで撃退した時、私は不安と恐怖を乗り越えることでしか得られない達成感を初めて知った。貴様らには感謝の言葉もない。
お礼に私から”ハナ”を贈ろう。」
“ハナ”だけカタナカだった。
僕は再び関門に目を向けた。
あれが文禄のいくさの際、伯父上(小早川隆景)を打ち負かした郭再祐(クァク・チュウ)…
何故だろう。彼の方が僕より僕らしく見える。
郭再祐がもう一矢放つと、再び僕の近くに落ちた。
矢には名もなき白い”花”が巻き付けられていた。
「田園生活のし過ぎで頭がおかしくなったのでは?」
と家臣の穴戸元続が絶句した瞬間、両脇から朝鮮軍が一気に攻め込んで来た。
「かかれ――ッ!皆殺しにしてやつらの”鼻”を削げ――ッ!」
頭のおかしいのは一体どちらなのだろう。
自分らしく生きたくて死にそうだ。
カテゴリ:毛利秀元くんの日記 | 2016-05-19 公開
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