藤原惺窩くんの日記:第5回 若狭国の歌詠みお殿様


藤原惺窩5月23日

儒教を学びにここ播磨から明に向けて旅立つ朝。

東から淡い日の光を浴びた粗末な庵の戸を閉めたその時、

惺窩先生――ッ!

と私を呼ぶ声が聴こえた。

振り返ると、北政所様の甥で若狭国(福井県)の殿様・木下勝俊様がこちらに向かって走っていた。

彼は私より八つ年下の二八歳。和歌を通して私と交流があった。

明へ行かれるとは本当ですか!?

と勝俊様は私の手紙を握りしめ、息を切らしておっしゃった。

「朋(とも)あり、遠方より来る、また楽しからずや (論語・学而)。わざわざ見送りに来てくださったのですか?」

止めに来たんですよッ!太閤が再び朝鮮へ侵攻しようとしている今、明は敵国・日本の人間を受け入れてくれるのですか?

「わかりません。」

明へはどのようにして行かれるのですか?

「とりあえず薩摩まで行けばなんとかなるかな、と。」

なんと無計画な…

「後先考えて志を成し遂げられるものではありません。」

先生がいない日本なんて、なんとも心細いです。

「私はこの国をまだ諦めていないから明へ学びに行くのです。私を信じて待っていてください。」

せつないなあ。今、一首、浮かびました。

木下勝俊

木下勝俊

かねてより 空(そら)だのめかと たどらるる 心のうらは あはせずもがな
(前々から、から約束を頼みに考え迷わずにはいられない心の中の占いは、当たらないでほしいなあ。)

「不安と期待に揺れる恋の歌?」

恋する人のように先生を日本で待っています。

「意味がわかりません。上手だけど詠み直し。」

えー!相変わらず厳しいなあ。

勝俊様と私は笑った。

弱き者を叩き潰す資質がなければ、今の世にとって誰しも役立たずの烙印を押される。

だけどそんな役立たずな彼だからこそ詠める歌があって、私はそれを愛した。

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