加藤清正くんの日記:第37回 蔚山倭城に舞い上がる凧


加藤清正戦国28年1月9日

新年、明けましておめでとうございます。

今年も宜しくお願いします。

…どころじゃないわ!!

太閤殿下の命でわしは、去年の旧暦11月10日から朝鮮慶尚道の蔚山(ウルサン)に倭城を築城していた。

しかし城普請が完成する前の12月23日に蔚山倭城は、明の経略・楊鎬(ようこう)と提督・麻貴(まき)、朝鮮の権慄(クォンユル)率いる連合軍六万に包囲されてしまった。

対する城内の日本軍、兵数二万。

本日もわしは城内の武将・浅野幸長と太田一吉、医僧の慶念らとで、どうしたものかと頭を抱えていた。

このままでは城内の兵、皆が飢えと寒さで死んでしまう…

と太田が深いため息をついた。

敵が持ち掛けてきた和議に応じるのが現実的ではあるまいか。

と慶念が提案すると、

和議は罠であるかもしれない。

と幸長が首を横に振った。

「それにしても多々ある倭城の中で何故この蔚山なんじゃ!小西行長が籠る順天倭城から攻撃すればいいものを。」

とわしは不満をもらした。

日本軍の中で最も残虐非道だったのは清正殿ですから、蔚山が真っ先に攻撃目標にされるのは当然です。

罰が当たったんだ!

「なんだと?!」

とわしが太田の胸元を掴んだ時、

清正殿、あれを見てください!凧

と幸長の指を指した方向を見ると、天守の窓から

清正、ざま~!! By行長

と書かれた日本の凧が見えた。

太田は噴き出し、明・朝鮮連合軍の陣中からも、どっと笑いが起こった。

小西ご近所行長―ッ、絶対に許さ――んッ!!

小西殿が順天から蔚山に正月を運んで来てくださった!南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…

そんなまさか!

だけどもう、朝鮮も明も同情すべき弱々しい相手などではないのだろう。

尊敬すべき強敵であるからこそ、この籠城戦を乗り越えてみたいと、糸の切れた小西の凧を見て何故かわしはようやく覚悟を決めることができたのだった。

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