豊臣秀吉くんの日記:第72回 伯楽
天正一九年一月二〇日
「利休さまのご息女が自死された――!?」
大和郡山城で、藤堂高虎三六歳は言葉を失った。
「なにゆえ…」
「わかりませぬ。京にて、たまたま耳にした噂にございます…」
我が弟・小一郎(秀長)の臣の者は、そう答えた。
「本当に自死なのだろうか。殿のご病気にしても、一時期かなり回復されたのに…」
「ご家老、考えすぎでは。」
「もしかしたら、我れらの殿より先に利休さまが先に――」
「そんなまさか!」
「奥州はどうなっておる…」
同城において、床に臥せている小一郎五二歳。
「お体に差し障りございます、政(まつりごと)など…」
側に一人坐す、高虎は困惑した。
「それができたら…」
「暮れに、徳川家康殿から殿宛てに書状がございました。奥州のご様子、伊達政宗殿が浅野長吉殿の陣所に参会し、万事静謐に帰した、とごさいました。」
「そなた、信じるか。」
「いえ。」
二人は微かに笑みを浮かべた。
「家康殿は…重篤のわしを…安心させたかったのだろう…」
「旭姫さまについても、述べられていました。」
「まさか…」
「盛大な婚姻の式から、幸せにできなかったまま、一周忌と。」
「百姓あがりの…我等兄弟と違い…妹の旭は美しく…品もあって…」
「嘘でしょ!――いえ、申し訳ございません!!」
「ゴホッ!ゴホ、ゴホッ!!」
「殿!」
高虎が慌てて背中をさすった。
「大丈夫、おかしかっただけだ…」
秀長は高虎の手を握った。
「兄者(あにじゃ)と利休と違い…凡庸なわしが…唯一誇れること…」
「それは?」
「そなたを見つけ…取り立てたこと…」
「未だ大した働きもしておりませぬのに…」
「わしが死んだら…そうもいくまい…」
高虎は首を横に振った。
「それだけは、どうか、どうか…。私が、日本が、崩れてしまいます。」
「志士は、溝壑(こうがく:谷間)に在るを忘れず…」
「勇士は、其の元(こうべ:首)を喪うを忘れず。」
「正(まさ)に、わしの目に狂いは……」
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2024-08-31 公開
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