後藤又兵衛くんの日記:第57回 筒井筒(つついづつ)


後藤又兵衛9月18日

井戸の前に立つと、ふと、伊勢物語の二十三段・筒井筒の場面を思い出す。

ーーー

その昔、男の子と女の子は、井戸の近くで遊んでいた。

やがて二人とも年頃になったので、男も女もはにかみ合って一緒に遊ぶこともなくなった。そのうちに、この隣りの男から、こんな歌がきた。

筒井(つつい)つの 井筒(いづつ)にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹(いも)見ざるまに
(あの井戸のかこいの筒と背くらべした私の背丈も、今ではもっと高くなったようです。あなたと逢わないでいるうちに。)

女は返した。

くらべこし 振分髪(ふりわけがみ)も 肩すぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき
(あなたと長さを比べあってきた私の振分髪も、肩を過ぎるほどに伸びてきました。あなたでなくて誰のために髪上げをいたしましょう。)

井筒(いづつ)

井筒

ーーー!

その歌の声に俺は驚いて顔を上げると、主君の吉兵衛(黒田長政)が目の前に立っていた。

鉄砲の訓練サボって何やってんだ!」と吉兵衛は俺の顔をぶん殴った。

…ってえ!」俺は口の端から流れた血を袖でぬぐった。

いいか、俺たち戦国武将は平安貴族じゃあるまいし、恋愛や学問やっているゆとりは1ミクロもない。食うか食われるか、この世界で生き残りたいのなら、恋愛よりも権力。教養よりも軍事力強化。余計なことは一切何も考えるな!

おいおい、おまえはどんだけ追いつめられているんだ。

というか、俺が口にした筒井筒の歌に対して、返歌を正確に声に出して応えて、人の夢ぶち壊してんじゃねーよ!

だからまだ3ミクロくらいのゆとりは充分残ってる。この人生、どんなに追いつめられ、切羽詰まったように見えても、うちのお殿様も俺も、きっと。

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