真田幸村くんの日記:第48回 太閤の置き土産


真田幸村戦国26年9月14日

弟よ。おまえは、豊臣家が過去、何をしたか忘れてしまったのか。もう一度、頭を冷やして考えてみてほしい。

私は先日、徳川方についた兄さん(信之)からそんな手紙をもらった。

そして今日。私は盛親先生と耳塚の前に立っている。

「世間の人々はもとより、大坂城の人々も耳塚について何も語ろうとしません。何故でしょうか。」と私は先生に問うた。

暴力は沈黙だからさ。」と先生は答えた。

「耳塚のある豊臣側につく我々に、大義名分はあるのでしょうか。」

そんなもんはない。しかし、徳川についた所で解決する問題でもあるまい。耳塚を前にして、恐怖と吐き気を感じる人間なら誰しも、だ。

「朝鮮の役は、同じいくさでも、源平合戦や南北朝の動乱、戦国では桶狭間や川中島、関ヶ原の戦いなどとは明らかに違う、つまり決定的に何かが欠けている気がします。それは何でしょうか。」

君臣の義や武士道が中途半端に欠けていたのか、あるいは君臣の義や武士道がそもそも欺瞞なのか、今の俺にはわからないが、それがわかるまで、耳塚という太閤の置き土産をとことん考えてみたい。

兄さん、聴こえますか。私は豊臣家が過去、何をしたのか忘れてしまったわけではありません。

先生と同じく、それを直視したいこともあって、今、ここにいる私をお許しください、兄さん。

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