藤原惺窩くんの日記:第25回 大迷惑
慶長三年五月二八日
播磨から上京し、実家の冷泉家を訪ねた。
塀の外からぴょこぴょこ飛んで中を覗いてみると、庭に小さな池とクチナシの花と朝顔を見るだけで人影が全くない。
誰もいないのかな。もう一度、塀の外から顔を覗かせてみると、
「粛(しゅく)様?」
と、後ろから私の名を呼ぶ声が。振り返ると、
「安五郎!」
幼き頃、播磨にてよく遊んだ友――亡き父上の臣下の子がそこにいた。
「お久しゅうございます。お元気で?」
「ああ、安五郎も?」
「ええ、どうにか。このような所で何をしているのですか。為将様(惺窩の弟)が居ります、門よりお入り――」
「いやいやいや…!」
と私は安五郎を薄暗い路地に引っ張って行った。
「すまない。為将は変わりないか。」
日の差さない雑居と雑居の間、互いの鼻がぶつかりそうな距離で聞いた。
「ええ。お会いにならないのですか。」
「父上と兄様が亡くなった後、冷泉家を一人、為将に押し付けてしまった。」
「そんな…」
「それに私が冷泉に出入りしているとなると、迷惑がかかることもあると思う。」
「何故ですか。」
「日本軍朝鮮侵攻の最中、明へ遊学しようとしたのだが、船が難破して鬼界ヶ島(きかいがしま)で一年ほど過ご…」
「はあ?はあ!?はああ!?」
「そんなに驚かなくても…」
「驚くも何も絶句です。勉学のしずぎで頭がおかしくなったのでは…」
「それはどうかわからないけれど、確かなことは私には思いの外、敵が多いみたいなのだ。」
「え。」
「事実、私の播磨のあばら屋は何者かに荒らされてしまった。」
「兄様はそれで京に?」
冷泉の居にて為将は嘆息した。
「はい。洛外に空き家を探しているとのことでした。」
そう、安五郎は為将に注進した。
「半年前、この家の門に藤原惺窩は唐の犬、という紙が貼られたことも、やっと合点がいった。」
「張り紙のことは申し上げませんでした。」
「それでよい。それで兄様の居は?」
「洛外に通じている者をご紹介しました。」
「すまない。それで兄様は銭など持っているのか。」
「但馬竹田城の殿様からの品を様々お持ちのようです。」
「赤松広通様か。相変わらずだな、藤原惺窩に心酔しきっている。」
「実の弟のあなた様はそれ以上ではありませんか。」
「まさか。大迷惑。」
カテゴリ:藤原惺窩くんの日記 | 2020-09-11 公開
« 豊臣秀吉くんの日記:第31回 箸 豊臣秀吉くんの日記:第32回 琉球国王尚寧と鶴松の誕生 »
ランダムデイズ
- 小西行長くんの日記:第62回 口実
- 毛利秀元くんの日記:第15回 帰陣
- 加藤清正くんの日記:第39回 オランカイの中心で愛を叫ぶ
- 小西行長くんの日記:第46回 清正のかあちゃんにつかまって
- 小西行長くんの日記:第27回 宇土城の住所