藤原惺窩くんの日記:第25回 大迷惑


藤原惺窩慶長三年五月二八日

播磨から上京し、実家の冷泉家を訪ねた。

塀の外からぴょこぴょこ飛んで中を覗いてみると、庭に小さな池とクチナシの花と朝顔を見るだけで人影が全くない。

誰もいないのかな。もう一度、塀の外から顔を覗かせてみると、

粛(しゅく)様?」

と、後ろから私の名を呼ぶ声が。振り返ると、

「安五郎!」

幼き頃、播磨にてよく遊んだ友――亡き父上の臣下の子がそこにいた。

お久しゅうございます。お元気で?

「ああ、安五郎も?」

ええ、どうにか。このような所で何をしているのですか。為将様(惺窩の弟)が居ります、門よりお入り――

「いやいやいや…!」

と私は安五郎を薄暗い路地に引っ張って行った。

 

「すまない。為将は変わりないか。」

日の差さない雑居と雑居の間、互いの鼻がぶつかりそうな距離で聞いた。

ええ。お会いにならないのですか。

「父上と兄様が亡くなった後、冷泉家を一人、為将に押し付けてしまった。」

そんな…

「それに私が冷泉に出入りしているとなると、迷惑がかかることもあると思う。」

何故ですか。

「日本軍朝鮮侵攻の最中、明へ遊学しようとしたのだが、船が難破して鬼界ヶ島(きかいがしま)で一年ほど過ご…」

はあ?はあ!?はああ!?

「そんなに驚かなくても…」

驚くも何も絶句です。勉学のしずぎで頭がおかしくなったのでは…

「それはどうかわからないけれど、確かなことは私には思いの外、敵が多いみたいなのだ。」

え。

「事実、私の播磨のあばら屋は何者かに荒らされてしまった。」

 

 

冷泉為将

冷泉為将

「兄様はそれで京に?」

冷泉の居にて為将は嘆息した。

はい。洛外に空き家を探しているとのことでした。

そう、安五郎は為将に注進した。

半年前、この家の門に藤原惺窩は唐の犬、という紙が貼られたことも、やっと合点がいった。

張り紙のことは申し上げませんでした。

それでよい。それで兄様の居は?

洛外に通じている者をご紹介しました。

すまない。それで兄様は銭など持っているのか。

但馬竹田城の殿様からの品を様々お持ちのようです。

赤松広通様か。相変わらずだな、藤原惺窩に心酔しきっている。

実の弟のあなた様はそれ以上ではありませんか。

まさか。大迷惑。

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