藤原惺窩くんの日記:第1回 私のソンセンニム


藤原惺窩戦国28年1月25日

「どこに行かれるのです?」

私は本日、伏見城内から梯子をかけて塀を越えようとする、大きな風呂敷を背負った姜沆(カンハン)先生を見つけて驚いた。

ちょっと散歩しに。

と先生は朝鮮語で答えた。

私は朝鮮語がわからなかったけれど、先生がまた脱走を企てているのは見て明らかだった。

「おやめください!藤堂の家来らにまた見つかったら、お命が危のうございます。」

と私は梯子の下から日本語で引き留めた。

こんな国に一日たりともいられるものかッ。

と先生は私の制止を無視したので、私も梯子に上り、後ろから先生の腹に腕を回した。

「ソンセンニム(先生)!」

離せっ、倭賊の貴様にソンセンニムなどと呼ばれる筋合いはない!

私は朝鮮語がわからなかったけれど、先生はいまだ日本人で浅学の私を弟子としてお認めくださらないのだろう。

「あ、藤堂佐渡守だっ!!」

え?

先生は驚き、バランスを崩したので、私は梯子から先生と共に地に落ちた。

姜沆

姜沆

痛てててッ!佐渡守は?!

先生は落ちた衝撃で痛めた腰に手を当て、辺りをキョロキョロ見渡した。

「コジンマル(嘘)。」

と私がにっこり笑うと、先生は恨めしそうな顔をし、

噫(ああ)、天、予(われ)を喪(ほろ)ぼせり…(論語・先進)」

と天を仰いだ。

私が朝鮮語でソンセンニムとお呼びする姜沆先生は、朝鮮の人で、私より6つ年下の32歳。

慶長の役の際に藤堂佐渡守高虎の軍に囚われて、日本に抑留された朝鮮王朝の儒学者であった。

僧の私・藤原惺窩(せいか)が姜沆先生と出逢って儒学に傾倒し、先生が帰国を果たすまでのことをこれから戦国デイズに綴っていきたいと思います。どうぞよろしく!

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