藤原惺窩くんの日記:第7回 明渡海直前にすくむ足


藤原惺窩7月17日

私は儒学を直接学ぶため、明へ渡海を企図。

京から薩摩・浜之市に至り、島津義久様・伊集院忠棟様に承諾を得て、本日いよいよ出帆することとなった。

しかし船に乗る直前、突風が吹き、雲行きはこれから先を暗示するかのように怪しかった。

私の足はすくんだ。

明国制圧のため、日本軍が再び朝鮮へ侵攻しようとしている今。

明は日本人の私を受け入れてくれるだろうか?紹介状はないし、漢文は読めても明の言葉は話せないし、金も滞在一か月程で底をつくだろう。

それ以前に私は無事、入明するのだろうか?

難波して溺死するかもしれない。海賊に襲われて殺されるかもしれない。いや、奴隷として南蛮に売り飛ばされるかもしれない!

恐怖と不安の余り発狂しそうになった時、後ろから

どうされました、惺窩先生。乗船なさらないのですか?

と島津家筆頭家臣・伊集院忠棟様が後ろから私に声をかけた。

ギクリ。私は振り返って、

「私ほどのバカはいないだろうと、突然我に返って…」

と薄ら笑いをした。

アハハハ。四書五経に通じた先生も人間でしたか。

「勿論です!」

空と海

孟子曰く、大人とはその赤子(せきし)の心を失わざる者なり。

(孟先生は言った。大人とは、嬰児(えいじ)の時の、あの純粋無垢な心を持ち続けている人のことをいう。『孟子』離婁章句下)

「伊集院様…」

確かに私は先生ほどのバカを見たことがありませんが、それは先生が今日まで、赤子の心を失わずにいたからではありませんか?

私はハッとした。利己心が先立ち初心を忘れるところであった。

私は伊集院様に礼を申し上げて、光が射さない空の下、それでも明へ向かうため船に乗り込んだ。

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