藤原惺窩くんの日記:第26回 淇奥(きいく)


藤原惺窩慶長三年六月三日

瞻彼淇奥(かのきいくをみれば)

「緑竹猗猗(りょくちくいいたり)」

有匪君子(ひたるあるくんしは)

「如切如磋(せっするがごとく さするがごとく)」

如琢如磨(たくするがごとく まするがごとく)

「瑟兮僩兮(しったり かんたり)」

赫兮咺兮(かくたり けんたり)

「有匪君子(ひたるあるくんしは)」

終(ついに)…つい…あれ何だったけかな??

与兵衛ッ!

洛外の私のあばら家(や)で『詩経』衛風・淇奥(きいく)を与兵衛殿と諳んじていたところ、突然、壮健な男が入ってきた。

水戯の訓練も休んでこんな所で何をしている。

先生、お助けください!

与兵衛殿は私の背に隠れた。

「え。」

おまえは誰だ!

「藤原惺窩(せいか)と申します。」

知るかッ!

「……。」

侍は胆力。しかしおまえは未だ傷一つない恥ずかしい身。帰るぞ!

お父上らしき方は、与兵衛殿の腕を取った。

「我が門に入られる際、刀をいただいたのですが…」

私は与兵衛殿の刀を差し出した。

侍の心をこのような柔弱な男に…

お父上らしき方は私の手から刀を取り、

この一日、二日分だ。

と懐から扇子を出して、机に置いた。そして強引に与兵衛殿を引っ張って出て行った。

 

赤松広通

赤松広通

机に残された扇子を手に取ろうとしたところ、

先生、申し訳ございません!

与兵衛殿が舞い戻って来た。

今は有事ですので、朝鮮との合戦が終わり、落ち着きましたらまたお願いいたします。

そう告げて出て行った。

与兵衛殿とはそれまで面識がなかったが、この家の戸に張り紙をしていた「書」という一字をたまたま見つけ、先日入門したばかりの青年だった。私がここに居を移して初めて得た徒であった。

 

今の日本を救えるのは惺窩しかいない。

あの刀で米を買おうと思ったのに。

私は苦笑して、扇子を広げ、空を仰いだ。

但馬竹田城の広通様はどうしているだろうか。

前後の日記

« »

ランダムデイズ

関連トピック