藤原惺窩くんの日記:第26回 淇奥(きいく)
慶長三年六月三日
「瞻彼淇奥(かのきいくをみれば)」
「緑竹猗猗(りょくちくいいたり)」
「有匪君子(ひたるあるくんしは)」
「如切如磋(せっするがごとく さするがごとく)」
「如琢如磨(たくするがごとく まするがごとく)」
「瑟兮僩兮(しったり かんたり)」
「赫兮咺兮(かくたり けんたり)」
「有匪君子(ひたるあるくんしは)」
「終(ついに)…つい…あれ何だったけかな??」
「与兵衛ッ!」
洛外の私のあばら家(や)で『詩経』衛風・淇奥(きいく)を与兵衛殿と諳んじていたところ、突然、壮健な男が入ってきた。
「水戯の訓練も休んでこんな所で何をしている。」
「先生、お助けください!」
与兵衛殿は私の背に隠れた。
「え。」
「おまえは誰だ!」
「藤原惺窩(せいか)と申します。」
「知るかッ!」
「……。」
「侍は胆力。しかしおまえは未だ傷一つない恥ずかしい身。帰るぞ!」
お父上らしき方は、与兵衛殿の腕を取った。
「我が門に入られる際、刀をいただいたのですが…」
私は与兵衛殿の刀を差し出した。
「侍の心をこのような柔弱な男に…」
お父上らしき方は私の手から刀を取り、
「この一日、二日分だ。」
と懐から扇子を出して、机に置いた。そして強引に与兵衛殿を引っ張って出て行った。
机に残された扇子を手に取ろうとしたところ、
「先生、申し訳ございません!」
与兵衛殿が舞い戻って来た。
「今は有事ですので、朝鮮との合戦が終わり、落ち着きましたらまたお願いいたします。」
そう告げて出て行った。
与兵衛殿とはそれまで面識がなかったが、この家の戸に張り紙をしていた「書」という一字をたまたま見つけ、先日入門したばかりの青年だった。私がここに居を移して初めて得た徒であった。
あの刀で米を買おうと思ったのに。
私は苦笑して、扇子を広げ、空を仰いだ。
但馬竹田城の広通様はどうしているだろうか。
カテゴリ:藤原惺窩くんの日記 | 2021-05-24 公開
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