藤原惺窩くんの日記:第10回 執念の待つ
12月19日
明へ渡ろうとするも疾風にあって、私はここ・鬼界ヶ島(きかいがしま)に流れ着いた。
この島で生活すること一か月。この島には、言葉のほとんど通じない島民が数人、穀物もなく、舟も通らなかった。
「もう死ぬしかありません!」
と船頭殿の助手の善次郎さんが、冬の冷たい海の中に足を踏み入れ、身を沈めようとした。それに気付いた船頭殿が、
「善次郎!」
と彼を海の中まで追いかけ、彼の腕を掴んで、浜辺に引き上げた。
「必ず舟は来ます。」
と私は善次郎さんに声をかけると、
「何故わかるのですか。」
と善次郎さんは体を起こして、私を睨み付けた。
「鬼界ヶ島といえば、お能で有名な俊寛(しゅんかん)が流された地。誰も知らない島でないのなら、いずれ舟が通りましょう。私たちこそ生き証人ではありませんか。」
「いずれっていつですか?!」
「わかりません。だけど何かを信じて待つ。信じることができなければ、何も成し遂げられないと思いませんか。」
「私は先生のように強くはりません。」
「強いから信じるのではありません。本当に明が好きだから、本気で儒学を極めたいから、朝鮮再出兵に向かう日本を心から救いたいから、信じて機会が訪れるのを私は待つしかないのです。」
善次郎さんの頬に流れた涙がキラリと光った。
「先生、舟が来るまで皆で能の俊寛を演じてみませんか。」
と船頭殿が言うと、
「それはいい、私が面を作りましょう。」
と明で絵を学ぶつもりだった青年が微笑んだ。
幸い善次郎さんも私も一人じゃない。
もしこの島に一人流れ着いたとしても、宇宙との信頼関係がある限り、私は決して諦めないだろう。
カテゴリ:藤原惺窩くんの日記 | 2016-12-19 公開
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