豊臣秀吉くんの日記:第89回 盟友未満
天正一九年六月二日
上洛後、伊達政宗二五歳は五月二一日に米沢に帰還。
颯爽と屋敷の廊下を渡り、客間に入ると一人の侍が控えていた。
「お久しゅうございます。」
豊臣筆頭奉行で二本松在陣中の浅野長吉(ながよし)四五歳は、ひれ伏して礼をとった。
「まんず、正月ぶりべか。」
政宗は腰を下ろし、持参の包みを横に置いた。
「京よりご無事のご帰還、珍重に存じます。」
「顔も上げずに、ご無事も何もないべ。」
政宗はため息をつき、長吉は顔を上げると、
「申し訳ございません!」
と再び頭を下げた。
「何が。」
「ご加増とはいえ、ここ米沢の本領から岩出山に移るられると。」
「何のために首さはねられる覚悟で上洛し、秀吉公に申し披(ひら)ぎしだのか。」
政宗は再びため息をついた。
「私は政宗殿のご助命を願って、日々神仏に祈っておりました。」
「あっそう。京では石田三成が圧倒しで、長吉殿の居所はどこにもないべ。」
「人生根蔕(こんてい:根もと)無く、」
「飄(ひょう)として陌上(はくじょう/風にひるがえって路上に舞う)の塵のごとく、陸奥にあって、おらに聞きたいことはねえべか。」
「例えば…」
「そうですね、そう…」
長吉が戸惑っていると、政宗は包みを開いて見せた。
「これは藤堂高虎殿から長吉殿にと預かった、大納言愛用の筆。」
「思いもよらぬこと…」
「こぢらは生前、利休様より我が身万一あれば長吉殿にと託されだ、朝鮮の水滴(すいてき:硯に水を注ぐ小さい器)。」
「なぜ私に…」
二人の形見を前に、長吉は涙をこらえることができなかった。
「さあ。」
政宗は立ち上がった。
「政宗殿!」
閾(しきい)を前に政宗は足を止めた。
「間もなぐ京より豊臣の大討伐軍さ、押し寄せで来る。」
「長吉、身命落として、この地をお守り致します。」
長吉は涙をぬぐって、政宗の背に向かって言った。
「どちら側としてだか。」
笑みを浮かべた政宗は、振り返らずに立ち去った。
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2026-02-24 公開
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