豊臣秀吉くんの日記:第80回 新任の朝鮮水軍司令官
天正一九年三月二日
「秀吉公、来年まさに貴国の途(みち)を仮りて大明に入犯せん、と。」
帰国の朝鮮通信使に随行した、対馬外交僧・景轍玄蘇(けいてつ-げんぞ)。
弘文館・典翰(従三品)呉億齢は、宣慰使となりこれを接客。
玄蘇の明言に大いに驚いた億齢は、つぶさに国王・宣祖(ソンジョ)に奏上した。
「玄蘇はいかなる者ぞ。」
宣祖は、億齢の報せを受けて問う。
「倭人中、頗(すこぶ)る文字に通じ、作詩を喜び、また必ず文を能くする、と。」
左議政(副首相)・柳成龍(ユ・ソンリョン)は畏まった。
「玄蘇には何と返答すべき。」
「既に金誠一(キム・ソンイル)が玄蘇に告げました。
すなわち大明は、我ら臣として仕える国なり。且つ我が国の法において、我が国の路(みち)を犯すことあるときは、辺吏(へんり)がかならず軍法をもってこれに処す。軽々しく旧式を破ぶること、礼儀の邦においては匹夫(ひっぷ)すらこれを恥ず、と。」
「旧式を破る…」
「まこと、耳が痛いです…」
柳成龍は汗びっしょりになった。
「新しい水使(スサ:水軍司令官)が赴任して来るとは、誠か。」
朝鮮南海岸の軍事施設・全羅左水営(チョルラチャスヨン)。
「元(もと)県監(ヒョンガム)、則ち階級七段飛びだとか。」
鹿島万戸(ノグドマノ:武官)・鄭運(チョン・ウン)がツバを吐いた。
「そのような前例、聞いたことがないぞ。」
全羅左虞候(チョルラサウフ:武官)・李夢亀(イ・モング)は、にわかに信じられなかった。
「戦船の点検はできていますか。」
順天府使(スンチョンプサ:行政官)・権俊(クォン・ジュン)が尋ねた。
「弓矢の点検すらしてない。」
蛇渡僉使(ペムドチョムサ:武官)・金浣(キム・ワン)が居直った。
「王様の美風善政、四海に及び、何の患(うれ)いがあろう。」
「なのに昨夜も深酒ですか!?」
権俊が手で仰いだ。
「ところで、新しい水使の名は――」
「李舜臣(イ・スンシン)と申します。」
軍官らは一斉に振り返った。
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2025-04-30 公開
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