豊臣秀吉くんの日記:第53回 政宗の弁明
天正一八年六月九日
「このたびの遅参、申し訳ねがした。」
小田原合戦の最中わしは、箱根湯本にある本陣にて伊達政宗二四歳を謁見。
陣幕奥にわしは座し、横にはわしの側近・千利休が控えた。
目の前の政宗の後ろには、政宗重臣の片倉景綱三四歳。
これを挟んで、我が臣の者十四、五人が両脇に座した。
「遅参の理由を聞こう。」
諸大名に小田原参陣を命じたのは昨年一一月。未だ小田原城は落城しておらぬが、余りにも大きな遅参。
「おがさに毒さもられ…」
「はあ?聞こえぬ。」
とわしが自分の右耳の穴に小指を入れた時、
「ここさ来る前に、おがさに毒さもられたゆえ!」
と政宗は声を張り上げた。
「おがさ?」
「恐れながら我が主君・政宗公の母君、義姫(よしひめ)様にございます。」
と景綱が補足した。
「この期に及んで、親を言い訳にするとは何たる不孝者。」
とわしが刀を抜いて振り上げた瞬間。
「はああ!」
跪(ひざま)ずいていた政宗が両手をばたつかせた。
「なんじゃ。」
「死、死ぬ前に一言、よろしいでがすか。」
政宗は髪を短く刈り上がったかぶら(おかっぱ頭)で、白の陣羽織。則ち死に装束であった。
「申せ。」
「おどさ、この梵天(梵天丸:政宗幼名)、今そちらに逝くでがす。待っていてけろや!」
「おどさ?」
「今は亡き先代、輝宗公にございます。」
「それでは、」
再びわしは刀を振り上げた。
「ちょちょちょ…!!もう一言だけよろしいでがすか。」
「なんじゃ。」
「来世では両眼竜でありますように!」
「両眼竜?両眼竜ってなんじゃ、ここにおる者すべて両眼竜か?!」
「ぷっ!」
我が臣の者の誰かが噴き出すと、
「ハハハハッ!!!」
場がどっと沸いた。
「もうおしまいだ…」
景綱は左手で顔を覆った。
「殿下。」
背後から利休がわしに声をかけた。
「政宗公は先日、則ち死ぬ前に茶湯の事を私に願い乞われた、数寄者(すきしゃ)――」
「なんと。田舎を住居とする、タダの阿保(あほう)ではなかったか。」
「そうとも言いますが。」
「え。」
政宗はのけぞり、わしは刀を鞘に納めた。そして、
「もう少し遅れていれば、お前のここは飛んでいたぞ。」
と政宗の首を扇子で軽く叩いた。
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2023-01-28 公開
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