藤堂高虎くんの日記:第1回 ライバルができた瞬間


藤堂高虎1月28日

私は、死にかかった。

なのに興奮していた。

 

それにしても。

朝鮮侵攻については、私自身は反対であった。

しかし他の武将同様、太閤殿下を制止するわけでもなく、やるせない気持ちを抱えながら、殿下の命に従い、私は水軍の将として朝鮮の海に侵攻したのだった。

我が国の陸軍は、小西行長、加藤清正、黒田長政、鍋島直茂、小早川隆景、宇喜多秀家ら、名将揃いである。

しかし異国の地での戦闘は皆、未経験なのであり、そうたやすく朝鮮国王のいる京城を攻め落とすことはかなうまい。しかし、私の予想は大きく外れた。

日本軍は怒涛の勢いで朝鮮に進軍し、あっさり京城に入城してしまった。弱すぎだろ、朝鮮王朝。私はこの国の人々に深く同情した。

その矢先。いきなり私の率いる水軍は、巨済島・玉浦(オクポ)という所で朝鮮水軍に襲われた。

朝鮮水軍の船は、堅固で大きく、大砲をいくつも積んでいて、我が軍の船・約50艘はたった六日で36艘も沈められてしまった。

青空

青空

我が水軍の完敗だった。それまた、朝鮮にとっては最初の勝利だった。

朝鮮水軍の強さは大砲だけではない。海を知り尽くしていた。我が軍に奇襲を悟られないよう、戦略的でもあった。

私は、今にも沈みそうな船の上から、朝鮮水軍の大将船で指揮を執る人物を一瞬、この目で捉えた。

あれが、全羅左水使・李舜臣(イ・スンシン)。

 

私は、死にかかった。

なのに興奮していた。

何故なら私は、尊敬できる人に出逢えたからだ。

つまりそれは、私にライバルができた瞬間だった。

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