後藤又兵衛くんの日記:第66回 小辰(こたつ)
10月30日
目覚めると俺は、黄海道白川(ペクチョン)の空き家にあって、筵(むしろ)の上に羽織をかけられて寝ていた。腕と足には包帯がぐるぐる巻かれてあった。
「又兵衛、起きたか。」
野村祐勝が戸から入って来た。三三歳、俺と同い年で、同じく黒田の将の者である。
「小辰(こたつ)…」
祐勝の通称は小辰郎で、俺は小辰と呼んでいた。
「あ、痛てててて…」
起き上がろうとしたら、激痛が走った。昨夜のことが頭に蘇った。
「そのままで。」
小辰から差し出された握り飯を受け取って食べた。
「お、キムチ入りだ。カムサハムニダ。(ありがとうございます)」
「ケンチャナヨ。(大丈夫ですよ)」
小辰と俺は笑った。
「昨夜何があったか、察しはつくよ。」
「……。」
「俺が今日まで生きてこられたのは又兵衛のお陰だ。この戦争で、窮地を又兵衛に何度も助けられた。」
「俺は何も。」
「他の仲間が又兵衛のことを何と言おうが関係ない。もし又兵衛が沙也可のように朝鮮軍に投降するというのなら、俺もそれに従おうと思う。」
と小辰は、俺が拾った沙也可の髪飾りを俺の手に握らせた。
「ゲスだな。」
「上等。」
小辰と俺はまた笑った。
夕暮れ、杖をついて外に出てみると、仲間たちの姿が見えた。
「高麗の王は日本の犬なり!」
と主君のダミアン(黒田長政)が拳を挙げて雄叫びを上げると、
「高麗の王は日本の犬なり!!」
と臣下たちも続いた。
私は皆と違う考えだから、ここに在って生きている意味があるとしたら?
“今日まで生きてこられたのは又兵衛のお陰だ”
沙也可とはまた別の、俺は俺の戦いを――
沙也可の髪飾りを天に向けて高く放った。
カテゴリ:後藤又兵衛くんの日記 | 2018-10-30 公開
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