藤堂高虎くんの日記:第19回 豊臣秀長の戦友


藤堂高虎戦国30年10月8日

高虎殿。

高野山の私の元に突然、一人の男が訪ねて来た。

「長吉(ながよし)様?」

赤く色づき始めた山林の中で、私は驚いた。

「お久しぶりでございます。」

彼は豊臣筆頭奉行、浅野長吉(長政)。

「どうしてこんな所に?」

ふと秀長公にお逢いしたくなりまして。

我が主君・秀長様の墓所は高野山にあった。長吉様は、秀長様と共に秀吉公の天下取りを支えた人物。

「それはそれは、秀長様も喜びます。」

また豊臣への仕官の誘いかと思われたでしょう?

「違うのですか。」

今の豊臣に、あなたの居場所なんかありません。

「え?」

秀長公を失った今では、私の居場所もありませんから。

今は石田三成の権勢だった。

久しぶりの出逢い、場所を移して、私の宿坊で長吉様と茶を飲みながら語り合った。

「長吉様と話していると、秀長様と話しているようです。」

浅野長政

浅野長政

あんなひどい尾張訛りはないでしょう?

「まあそうですけど。」

長吉様と私は笑った。

長吉様は、朝鮮侵攻が始まって間もなく、肥前名護屋で自身も朝鮮へ渡海せんと望んだ太閤様に諫言して止めさせたとか。

「そんな話どこで聴いたのですか。」

「有名ですよ。私が玉浦海戦で李舜臣で敗れた後、朝鮮釜山で耳にしました。秀長様みたいな方が、まだ日本にいたのかと、救われた気がしたのです。」

そんな大袈裟な。

「誰にでもできることではありません。」

「秀長公は、誰よりも太閤の朝鮮侵攻に反対していましたね。」

私の他に秀長様を忘れられない人がいるとは思わなかった。

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