李舜臣くんの日記:第11回 いろはにほへと


李舜臣9月27日

二年前。

全羅道・井邑の県監(村長)だった私は、井邑に侵入した倭寇三人を捕らえた。

これが縁で彼らに織田信長のことを教えてもらったのを皮切りに、そのあとも日本のことをいろいろと教えてもらった。

――今から四百年前。天皇はまだその威厳を失っていなかった。

しかし関東将軍源頼朝以後は、政治は関白にゆだね、天皇は祭祀を行った。摂政なる者は前代にあたっては、必ず藤・橘・源・平の四大姓があたった――

日本の四大姓は、わが国の柳・崔・金・李の姓にあたるのだろう。面白いなあ。

――弘法大師なる者がいる。幼少名は魚ちゃん。中国に渡って、密教を僅か二年で身に付け帰国。人々はこれを生き仏と言った。彼は文字の読めない人の為に仮名文字を作った――

それはわが国のハングルにあたるという。私は倭寇の頭に仮名文字を書いてもらった。

「い・이、ろ・로、は・하、に・니、」

本来なら来るべき戦争に備えて、兵法書を読み直すとか、武術の訓練に励むとか、実際的なことに着手すべきなのかもしれない。

「ほ・호、へ・헤、と・도、」

だけど私は、目的とは直接関係のない、細かいことを知りたかった。

李舜臣

李舜臣

そんな折、首都ソウル(漢城)から官吏十数人が突然、井邑にやって来て私に辞令を申し伝えた。

王命により全羅道井邑県監・李舜臣を全羅道水軍節度使に任ずる。

「ち・지、り리、ぬ누、る루、」

聴いとるのかッ!

「ミアナムニダ(すみません)、って今なんて?!」

貴様――ッ!

しまった。

水軍司令官として剣を振るうには、私は敵国のことを知りすぎたかもしれなかった。

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