石田三成くんの日記:第29回 諸国の大名へ送る年賀状


石田三成 戦国21年12月23日

今日は五奉行定例会議があって、浅野長政殿、増田長盛殿、長束正家殿、前田玄以殿と、私が、大坂城の一室に集まった。そして皆で、大坂城から全国の諸大名に出す、戦国年賀状をせっせと書いた。

明日の五大老定例会議の夕食会の準備は、増田殿?」と、浅野リーダーが年賀状の裏面に寅の絵を描きながら言った。「会場である寺に、戦国おでんを手配しておきました。」と増田殿が表面に、陸奥国と住所を書いた。

明日はクリスマスなのにおでんじゃ、五大老の皆さん、怒るでしょう。今年もヨロシク、ウォー!」と前田殿が、市松(福島正則)宛ての年賀状を書きながら言った。「嗚呼、長宗我部盛親殿の名前が長すぎて、「親」を書くスペースがナイッ!」と長束殿が悲鳴を上げた。

「いや、なんとか書けます。」と私は小さいスペースに、なんとか「親」を、そして「殿」と書いた。「流石、石田殿、ありがとうございます。次はえーと、小西行長殿の住所で、熊本城の隣りのしょぼい家と。

伊達政宗殿宛ての年賀状ですが、東北弁で今年もヨロシクお願いしますって、何て言うのですか、石田殿。

「知りませんよッ!」

石田殿でもわからないこともあるんですねー。」「おばんでがす~、で言いんじゃないですか?」「マジですか?!」「そんなことより、五大老の夕食会のメニューですよ!」と私がバンと、両手で机を叩いた。

その通りじゃ。五大老の夕食会はおでんに、葡萄酒と戦国クリスマケーキと、戦国ケンタもつけて、増田殿、お頼み申す。」と浅野リーダーが、ひたすら寅の絵を描きながら言った。

承知しました。明けましておめでとうございます。今年もおばんでがす~、と。」と増田殿は政宗殿の年賀状を書いた。今回も実にくだらない、もとい、意義ある五奉行定例会議であった。トホホホ・・・

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