豊臣秀吉くんの日記:第50回 小田原天命
天正一八年四月一一日
「これが小田原天明…」
北条征伐の秀吉軍につき従った千利休。
小田原城下では、包囲する秀吉軍相手に、商人や遊女などがやって来て、見世物小屋や遊び場所なども限りなくできた。ここで利休は、ついに噂に聴いていた小田原の茶釜を見つける。
おたふくの面のようなふくよかさを持つ、その珍器を手に確信した。
「山上宗二なる者をご存知ですか。」
利休が尋ねると、肆(みせ)の者は答えた。
「もちろん、ここに籠る城主の茶頭ですから。」
「やはり。いつから。」
「三年前くらいでしょうか。」
「今、城内に居るのですか。」
壮大な郭の外から利休は、小田原城を下から見上げた。
「さあ…。」
「山上宗二なら先日、小田原城から皆川広照と共に投降しましたよ。」
肆に並べてある茶釜を眺めていた客が、横から言った。
「ところであなた様は、京の方ですか。」
「利休居士(こじ)。」
護衛の侍が、後ろから声を発した。
「利休居士!?」
「宗二が危ない――!箱根本陣へ戻るぞ。」
「皆川広照の投降に、山上宗二も付き従ったようです。」
小田原城内。当主・北条氏直二九歳は、父・氏政五三歳にそう告げた。
「下野皆川城主の広照は、元来我等と敵対関係にあって、和睦したのが五年前。皆川が我等に尽くさねばならぬ義理はないが、茶人で自由の身である瓢庵(ひょうあん:宗二)殿はどうして…」
思った以上に氏政は落胆した。
「もとより宗二は広照に属していました。投降前、これまでの感謝の意を込めて、師の利休居士の茶を記した『山上宗二記』を広照に送ったそうです。」
「それで瓢庵殿の命はどうなった。」
「謂(おも)へらく――」
謂へらく――次に陥落する北条の支城はどこだろうか。
あるいは北条の次の裏切り者は――
箱根に呼び寄せた茶々。
そのふくよかな膝の上で、わしは次の朗報を楽しみに待っていた――
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2022-10-29 公開
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