豊臣秀吉くんの日記:第44回 氏康・綱成の巨大遺産
天正一七年一一月一五日
知らないと思うけど。
「今すぐ離縁せよ。」
「あれは私が八つの時、祖父(氏康)が父上(氏政)に、突然申し渡したのを昨日のことのように思い出します。」
小田原北条五代・氏直二八歳の思い出話など。
「ええ。あれは傑作でした。」
相州玉縄城にて床に伏す、北条綱成(つなしげ)様は、見舞いに来た私・氏直に言った。
「乱世の常とはいえ、殿に置かれましては幼くしてお母上と別れねばなりませんでした。この通り――」
綱成様は頭を下げられた。
元々は駿河今川氏の武門であった綱成様は、乱世の常で、逃れた先である小田原で、同い年の氏康公と共に成長。三代・氏康公の右腕として、武田・上杉相手に戦場を駆け抜いた、無敗の将であった。
「祖父(氏康)や父(氏政)の過ちは、何故かいつも綱成様が代わりに謝っておられる。」
「よく考えてみたらおかしいですね。」
「ええ、おかしいです。」
綱成様と私は笑った。
「そんなあなた様を、祖父が亡くなってからは特に、先代(氏政)は父のように、私は祖父のように慕って参りました。」
「私は幻庵(宗哲)様ではありません。」
再び綱成様と私は笑った。
「早雲公の時代から一族の柱でした幻庵様も先年病に倒れ、続けて綱成様を失えば、我等は――」
「人の生(い)くるや直(なほ)し。自分に正直であったら、それでいいのですよ。」
綱成様が亡くなってから二年余り。
「今や小田原城は氏康・綱成、両公の思い出のように在る――」
私は、綱成様の孫にあたる玉縄六代城主・北条氏勝に言った。
「え?」
私と年近い氏勝は隣りで聞き返した。
知る由(よし)もないね。
時代遅れの巨大な遺産を引き継いだ、当主の思い出話なんか。
知らないと思うけど。
後生畏る可し(こうせいおそるべし)。
古典も儀礼も知らないいらない。
新しい力を見せてあげる。
先鋒は徳川家康でいいかしら?
カテゴリ:豊臣秀吉くんの日記 | 2022-04-28 公開
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