後藤又兵衛くんの日記:第67回 日常も非常も
文禄二年一月一〇日
「侍の武器は刀だと思うか。」
黄海道白川(ペクチョン)の櫓の上。
黒田の将で俺と同い年の野村祐勝こと小辰郎は、白い息を吐いた。
「違うのか。」
朝鮮義兵の出没がないか、遠くに目をやりながら俺は聞いた。
「考えないことだよ。」
「確かにダミアン(黒田長政)と俺は考えたことがない。」
小辰(こたつ)は苦笑した。
「考えていたら、こんないくさ、誰もできやしない。」
「あれ?早馬だ。」
櫓の下を黒田の急使の馬が駆け抜けた。
「何かあったか。」
「ここを頼んだ。」
俺はダミアンのいる幕営に駆け付けた。
「ご注進申し上げます。平壌の小西行長が明軍の猛攻を受け敗走。その報を受けた大友義統(よしむね)が、持ち場の(平壌と海州の中間地点の)鳳山(ボンサン)を放棄して逃走。明軍、ここ白川に向かって南下致しております。」
先程の急使は息をつかずに言った。
「何を言っているのかわからないのだが…」
ダミアンは大きな眼(まなこ)をぱちくりした。
「恐れながら、平壌の小西行長が明軍の猛攻を受け敗走。その報を受けた大友義統が、持ち場の鳳山を放棄して逃走。明軍、ここ白川に向かって南下致しております。」
「全然わからない…」
「ですから、平壌の小西行長が明軍の猛攻を受け敗走。その報を受けた大友義統が、持ち場の鳳山を放棄して逃走。明軍、ここ白川に向かって南下――」
と俺が急使に代わって告げると、
「わかっとるわッ!」
とダミアンは俺の顔を強くぶん殴り、俺は身体ごと吹っ飛んだ。
「何故突然平壌に明軍が?!というか大友義統、大友…よし…む…」
ダミアンはその場で倒れてしまった。
「殿!」
周りの者がダミアンに駆け寄った。
日常も非常も思考停止。
そんな我等を余所に朝鮮朝廷は明軍と裏で交渉を重ねていたのだろう。
なんて、今更考えても手遅れだろうか――
カテゴリ:後藤又兵衛くんの日記 | 2020-05-29 公開
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