徳川家康くんの日記:第37回 肥前名護屋のタヌキ


徳川家康6月14日

時の政権に逆らうなんてどういうつもり?

あんたいつからそんなに偉くなったの?

日本国の御為なら、下々の者は喜んで戦地に赴いて死ぬべし。

 

文禄の役が始まって日本の大軍が渡海すると、ここ肥前・名護屋(佐賀県)では、太閤秀吉が自身も朝鮮へ渡海すると言い出した。

すると豊臣奉行の浅野長政が、

朝鮮から軍隊を撤退して、万民が安堵の思いをなすようにするべきでしょう。

と太閤に一喝。驚いたね、豊臣にもまだこういう気骨のある人がいるんだ…。

だけど返って太閤の怒りは増すばかり。謹慎処分となった浅野長政から「徳川殿、殿下の渡海だけはどうか制止してくだされ。これ以上の戦火の拡大は誰も望んでおりませぬ。」と頭を下げられた。

ふ――ん。徳川は兵を出さなくていいことになってるから、どーでもいいね。

加藤清正から首都・ソウルを占領したと報せが届くと、殿下は渡海するとまた言い出して朝鮮に向って乗船しようとした。すると、

何も殿下まで渡海することは…

と今度は前田利家殿が止めに入った。しかし、

豊臣秀吉with三成・浅野長政・利家

秀吉with三成・浅野長政・利家

殿下が渡海なさねば、事は成就しない。

と石田三成が殿下の意志を後押しした。

 

時の政権に逆らうなんてどういうつもり?

あんたいつからそんなに偉くなったの?

日本国の御為なら、下々の者は喜んで戦地に赴いて死ぬべし。

そんな同調圧力がこの国を取り巻いても、わしはただのタヌキ。

「殿下に万一のことあらば、天下は相果てる。」

とわしは気づけば柄にもなく、太閤を前にして三成と大激論を交わしていた。

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