加藤清正くんの日記:第36回 降倭・沙也可(さやか)
10月22日
太閤秀吉様の明国制圧の野望に応えるべく、わしは朝鮮の釜山(プサン)に上陸した。
第一軍の小西行長は既に釜山、東萊(トンネ)、尚州(サンジュ)、忠州(チュンジュ)をやすやすと攻め落とした。
何やってんだ、朝鮮軍!!なんとしてでも加藤清正軍は第二軍であろうと小西より前に出て、小西より武功を立てなければならない。
そんな折、加藤清正軍の先鋒将・岡本越後守が何故か朝鮮側に投降した。
岡本越後守はわしの忠臣であり、過去数々の戦場で苦楽を共にした仲。話せばわかる。わしは一人、岡本越後守の陣中に馬で向かった。
「日本人から朝鮮人なろうっていうのか?後悔するぞ、岡本越後守。」
わしは説得を試みた。
「私はこの国の人間として生きる為、沙也可(さやか)と名を改めた。」
と岡本越後守は答えた。
「正気か?」
「貴様こそ正気か?誰よりも仏教を厚く信仰してたはずなのに何故、朝鮮第一の大寺・仏国寺の伽藍を焼き払った?」
「そんなこともわからないのか?」
「わかるわけないだろう?私は朝鮮の礼儀を重んじる風俗、中華文物の盛んなことに感心した。そして私は太閤の出兵に大儀なしと断言する。今、所領の兵三千をもって、慶尚兵使臣・朴信(パクジン)に従う。」
「それでも貴様はサムライかッ!」
わしは刀を抜いた。
「私は既に朝鮮人だが、その言葉、そのまま貴様に返してやろう。」
と岡本越後守は言って、朴信とやらとこの場を去った。
そののち、忠州で加藤軍は小西軍と合流した。岡本越後守が朝鮮に投降したことが既に小西の耳にも入っていた。
「おまえには大した家臣がいたもんだな。主君が素晴らしいからだろうか?結構、結構。」
と小西はわしを茶化した。
小西も岡本越後守も絶対に許さんッ!!
しかしこの時、わしはまだ知る由もなかった。
沙也可が朝鮮軍としてわしの前に再び現れることになることを――
カテゴリ:加藤清正くんの日記 | 2015-10-22 公開
« 後藤又兵衛くんの日記:第59回 ケンチャナヨ-平壌攻撃前夜 小西行長くんの日記:第54回 宇喜多秀家重体-幸州の戦い »
ランダムデイズ
- 明智光秀くんの日記:第46回 ごろつき、悪党、バサラ
- 豊臣秀吉くんの日記:第34回 ジリジリ
- 小早川秀秋くんの日記:第38回 かぼちゃが見つからない
- 豊臣秀吉くんの日記:第35回 二度目の日本通信使
- 石田三成くんの日記:第46回 告白