加藤清正くんの日記:第36回 降倭・沙也可(さやか)


加藤清正戦国27年10月22日

太閤秀吉様の明国制圧の野望に応えるべく、わしは朝鮮の釜山(プサン)に上陸した。

第一軍の小西行長は既に釜山、東萊(トンネ)、尚州(サンジュ)、忠州(チュンジュ)をやすやすと攻め落とした。

何やってんだ、朝鮮軍!!なんとしてでも加藤清正軍は第二軍であろうと小西より前に出て、小西より武功を立てなければならない。

そんな折、加藤清正軍の先鋒将・岡本越後守が何故か朝鮮側に投降した。

岡本越後守はわしの忠臣であり、過去数々の戦場で苦楽を共にした仲。話せばわかる。わしは一人、岡本越後守の陣中に馬で向かった。

「日本人から朝鮮人なろうっていうのか?後悔するぞ、岡本越後守。」

わしは説得を試みた。

私はこの国の人間として生きる為、沙也可(さやか)と名を改めた。

と岡本越後守は答えた。

「正気か?」

貴様こそ正気か?誰よりも仏教を厚く信仰してたはずなのに何故、朝鮮第一の大寺・仏国寺の伽藍を焼き払った?

「そんなこともわからないのか?」

わかるわけないだろう?私は朝鮮の礼儀を重んじる風俗、中華文物の盛んなことに感心した。そして私は太閤の出兵に大儀なしと断言する。今、所領の兵三千をもって、慶尚兵使臣・朴信(パクジン)に従う。

「それでも貴様はサムライかッ!」

沙也可

沙也可

わしは刀を抜いた。

私は既に朝鮮人だが、その言葉、そのまま貴様に返してやろう。

と岡本越後守は言って、朴信とやらとこの場を去った。

そののち、忠州で加藤軍は小西軍と合流した。岡本越後守が朝鮮に投降したことが既に小西の耳にも入っていた。

おまえには大した家臣がいたもんだな。主君が素晴らしいからだろうか?結構、結構。

と小西はわしを茶化した。

小西も岡本越後守も絶対に許さんッ!!

しかしこの時、わしはまだ知る由もなかった。

沙也可が朝鮮軍としてわしの前に再び現れることになることを――

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