小西行長くんの日記:第53回 妓生・論介(キーセン・ノンゲ)
月5月26日
前年、朝鮮の要衝である晋州(チンジュ)城を攻撃して失敗した日本軍は、この度、総力を結集して再度攻撃に出た。
晋州城を包囲した武将は、総大将の宇喜多秀家様以下、黒田長政、加藤清正、鍋島直茂、島津義弘、小早川隆景、そして私・小西行長ら五万余り。
七日間の激戦の果て、晋州城は没落した。
市長の牧使・徐礼元(ソ・イエウォン)以下、主だった武将は全員戦死、城壁の中にあった兵士、民衆あわせて六万余りは、すべて虐殺にあい、生き残った者はごく一部だった。
太閤殿下から晋州城の手の者を皆殺しせよ、との命を下されていた私たちは、前年の敗北の屈辱を晴らすようにこれを実行したのである。
戦いのあと、晋州城矗石楼(チョクソンヌ) で私たちは勝利の宴会を開いた。その時、めかし込んだ一人の美しい妓生(キーセン・朝鮮の官に属する芸妓)が入って来た。
彼女の名は論介(ノンゲ)と言って、毛谷村六助という武将に媚び、ともに矗石楼の岩上で遊んでいた。と思ったら、論介は毛谷村六助に抱き付き、岩下に流れる南江に飛び込んだ。
「あ!」
それを見ていた武将たちが立ち上がり、そのうちの数人は急ぎ岩下に向かった。
「何をやってんだか、情けない。」
と私は酒の杯を置いて天を仰いだ。
「ホント、毛谷村六助はバカだな。」
と加藤清正が苦笑した。
「私は、私を含めここにいる武将全員が情けないと言ったんだ。」
「小西殿、酔われたのか?」
と黒田長政が顔をしかめると、
「酔えるわけがないだろ!」
と宇喜多秀家様が突然、立ち上がった。
「改易にビクビクして保身ばかりの我らと、復讐を胸に秘め、身命をなげうった妓生。実に対照的じゃないかッ!」
と秀家様は吐き捨てるように言って出て行かれた。
「クッソッ!」
と清正は持っていた杯を床に叩き付けた。
自由に生きて死ぬのか、つまらない気晴らしの中を死んだように生きるのか。
一人の女の矜持(きょうじ)が、私たち武将の心に揺さぶりをかけていた。
カテゴリ:小西行長くんの日記 | 2015-05-26 公開
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