小西行長くんの日記:第52回 秀家の手紙と背後の清正


小西行長戦国26年月12月15日

おまえと違って俺はもう、誰も傷つけたくなかった。

なのに朝鮮の役に巻き込まれた俺は、全軍に遥か先立って、釜山(ぷさん)、とくねぎの両城を攻め落とした。

とは言え異国の地で俺は、とても心細かった。

元主君の八郎様(宇喜多秀家)は、出陣の順番からいえば8番目であったが、先陣の私を心配し、手紙をくださった。

急ぎの書面によって志を述べます。このたび当地における比類なきお手柄は、豊臣家にとって無二の忠功と存じます。

私は貴殿が先立って先陣をつとめておられることを案じて、今晩、釜山浦に到着、明日はご当地に参陣してご相談いたしたく存じますので、詳細はその折に。恐々謹言 秀家より。小西摂津守殿

これほどかたじけないことはない。まことに千万騎の味方とはこのようなことをいうのであろう。

一方、加藤清正は、俺に先を越されたことを無念に思い、その跡を追うのも不本意だというので、こもかい(熊川)に船をつけて上陸したらしい。

アホか。何故、こんな所まで来ておまえと争わなきゃいけないんだ。

だけどどうしてだろう。

おまえに八郎様の手紙を自慢してやりたかった。

誰よりもおまえに自慢してやりたかった。

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