明智光秀くんの日記:第32回 愛妻弁当
深夜11時。職場の人間が皆帰り、安土城の一室にひとり残った私は、妻のひろ子が作ってくれた弁当を広げた。仕事が忙しすぎて昼飯を食べる時間がなかった。今から食べようと思った。しかし腹が減ったわけでもなく、無理やり食べてもらっても、ひろ子はうれしくないだろう。
その時「おい、信長いるか?一緒にワイン飲もうぜ。」といきなり、葡萄酒を持った松永久秀殿が、私のいる部屋に現れた。松永殿に驚いた私は手を滑らせ、弁当を床に派手にひっくり返してしまった。
「おいおい明智、何やってんだよ。」と松永殿は、床に転がった天ぷらを拾って食べた。「すげーうまい。ひろ子の手作り弁当?」「はい。」「この卵焼きも食っていい?」「床に落ちて崩れ、汚れてますが。」
「それがどうした。貧しい家に生まれた俺様は、乞食同然、ゴミあさってた時もあったんだぜ。懐かしいな。」「私も織田家に仕官する前の若い頃は、その日食べるものさえ、事欠いておりました。」
「おし、信長なんかと飲むのはやめた。この高級葡萄酒、ここで開けてやっから、明智光秀よ、グラス持って来い。」
なんとなく悲しみと苦しみで埋め尽くされた夜。そんな夜に私ひとりでは、ひろ子が作った弁当を食べることも、食べないこともできなかった。悔しいけれど今夜はありがとう、松永殿。似たような過去を持つ者同士、松永殿と私は葡萄酒をグラスに注ぎ乾杯した。
カテゴリ:明智光秀くんの日記 | 2009-11-12 公開
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