伊達政宗くんの日記:第42回 徳川家の支城配置


伊達政宗戦国23年1月27日

おばんでがす~。今日おらは、家臣の小十郎さ連れで、江戸城の徳川家康殿の所さ遊びに行っだ。そしでおらは、徳川家の支城配置についで家康殿に質問しだ。

「家康殿は、江戸から離れた群馬や千葉の城には高録の実力のある武将を、江戸に近い城には小録の家臣を配置しだ。これはづまり、東北の伊達家を警戒、牽制(けんせい)しでいるのだべか。」

それは・・・」と家康殿が答えようとしだ。すると、そこにいだ家康殿の息子・秀忠殿が、「この度の支城配置は、徳川が豊臣から天下を奪う為の策。伊達なんか眼中にないし。自意識過剰だな。」と言っだ。

こら秀忠!ごめんねー政宗殿。」「というか小十郎、ひょうずん語の自意識過剰を、東北弁で言い現わすと、どうなるんだべか。」

自意識過剰です。

と小十郎は真顔で言っだ。「あんや~!ねば正直に言う。おらはそう、いづも強ぐで何をやっでも完璧な自分に酔いしれているでがす~。」

すげー、何だこのヒト!完璧じゃなくて欠陥だらけの間違いでしょ?!」と秀忠殿は青ざめ、「天下を取るより先にやっぱ、このわけわからん政宗殿対策かも・・・」と家康殿は涙さ流しだ。

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