北条氏康くんの日記:第37回 今更の関東管領


北条氏康 戦国22年12月5日

越後国の上杉謙信が南下し、わが国、相模国の鶴岡八幡宮の神前において、上杉憲政から関東管領職を受け継いだ。

それだけならまだよかった。権威復活ともいえる関東管領・上杉謙信の誕生に、反北条の立場にあった武蔵国の豪族が上杉謙信のもとに一斉に走った。忍城の成田氏、岩付城の太田氏、勝沼城の三田氏を初め、数え上げれば切りがない。

関東管領職という古臭い既得権益がまだ、これ程の威力を発揮するとは。武蔵国は、河越夜戦で手に入れた私のものなのに。悔しいやら情けないやら。屋敷でひとり、唇をかみしめている時、

殿。今年の忘年会はどこでやりますか。

と家臣の北条綱成がやって来た。「え?ああ、ここ小田原城で。」「畏まりです。」「というか毎年、小田原城じゃない。」「今年は我が城、玉縄もありかと。」「ないない。」

というか殿。また、政(まつりごと)でお悩みですか。」「え、わかる?」「わかります。殿の顔を見れば何でも。」と綱成が笑った。

嗚呼、そうだった。自分にも世の中にも、ひどく不安と絶望を感じる時も、私には綱成がいる。だから大丈夫。私は一人ではないのだ。

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