真田幸村くんの日記:第14回 先生の涙


真田幸村戦国20年10月17日

大坂城の櫓(やぐら)の床を雑巾で拭いていたら、盛親先生がやって来た。と思ったらコケた。

「真田幸村、床、磨きすぎ。」「すみません、大丈夫ですか。盛親(もりちか)先生、何しに来たんですか。」「ここでお昼食べようと思って。」と盛親先生は、自分のお弁当箱を広げ始めた。そしておにぎりを食べようとした時、「なんか全てが嫌になった。」と言って、おにぎりを食べずにお弁当箱に戻した。そして盛親先生は話を続けた。

「先日鉄砲を、堺から35丁発注する所、間違えて何故か53丁発注してしまった。今日その53丁が大坂城に届いて、豊臣家のお偉いさん方に、こっぴどく叱られた。こんなに鉄砲いるか、ボケと。叱られるのは当然のことかもしれない。だけれども、関係ないことまで持ち出された。

関ヶ原の戦いの時、豊臣家の為に戦うわけでもなく、現地の関ヶ原で何もせず、ぼーっとつったていたのは、長宗我部軍でしたね。その大将だった盛親殿は、こんな簡単な仕事もミスる。関ヶ原の後、徳川に土佐国(高知県)を奪われ、あなたは寺子屋の先生をやっていた。大坂城で武将やるより、やっぱり先生の方が合ってんじゃないの?

と言われた。私は、自分がこの世で一番情けない人間に思えてきた。私はいつもぶざまで、私はいつもかっこ悪くて・・・」と盛親先生は声を殺すように泣いた。そんなふうに自分の気持ちをまっすぐ見つめる盛親先生が、私は素敵に思えた。

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